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March 2022

内面の喜怒哀楽までも表現する博多人形

  • 中村信蕎作「桃太郎」(伝説のヒーロー)
  • 2011年にローマ教皇へ献上した中村信蕎作「伊東マンショ像」
  • 博多人形作家、中村信蕎さん
  • 中村信蕎作「松の壽」(日本の伝統舞踊の曲「松の壽」の踊り手)
  • 日本の人気アニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」に登場するロボットをモチーフとした人形
2011年にローマ教皇へ献上した中村信蕎作「伊東マンショ像」

「博多人形」は、福岡県博多で作られる素焼き*人形である。能や歌舞伎の演者、また美人や子どもを伝統的に題材としてきた博多人形は、個性的で、豊かで繊細な彩色を特徴とする。

博多人形作家、中村信蕎さん

博多人形は、日本列島の南西部に位置する九州地方の北部、福岡市の博多地区でつくられてきた伝統的な人形だ。きめの細かい粘土を中空にした型に貼り付け、乾燥させ、釉薬を使わず低温で焼く。そして、白の絵の具で下地を塗り、そして、全て手作業で彩色が施される。その発祥は諸説あるが、約400年前、瓦師たちが人形を焼き始めたことが始まりとも言われている。

その後、約200年前から、粘土でつくった原型から石膏の型を取り、型を用いて原型と同じ形の生地を作るという現在の博多人形の技法が確立してきた。1960年代の日本の高度経済成長期には、女性の舞姿や、能や歌舞伎の演者など伝統芸能に題材をとった博多人形が数多くつくられ、「博多人形のように美しい」という形容を生むほど、日本の美をよく表す人形として知られるようになった。

中村信蕎作「松の壽」(日本の伝統舞踊の曲「松の壽」の踊り手)

「博多人形は、既に20世紀初頭から世界中で価値を認められています。1900年のパリ万国博覧会に出品された博多人形の制作技術の高さが評判となり、ヨーロッパ各地から様々な像の制作が依頼されるようになりました。とくに教会の聖人像が多かったようです」と語るのは、約100年にわたって博多人形をつくり続ける「中村人形」の三代目、中村信蕎(なかむら しんきょう)さんだ。

今でもヨーロッパの教会を巡ると、中村さんの祖父や父によってつくられた博多人形のヨゼフ像やモーゼ像を見ることができるという。

博多は、古代から東アジアに開かれた国際的な貿易港として栄えた商都だった。そんな土地柄から、多様な新しい技術や技法を受容しながら培った技術で、博多人形師は依頼されれば何でもつくってきたのであり、「中村人形では、技法も技術もつくる対象も、博多人形には守らなければならない決まりごとは一つもない」と中村さんは言い切る。

中村さんが手掛ける博多人形は、伝統的なモチーフはもちろん、動物園のゴリラから大きなハート型の郵便ポストまで、じつに自由で多彩だ。2011年には当時のローマ教皇に、16世紀末に日本人として初めてローマ教皇に謁見した天正遣欧少年使節**の一人、伊東マンショの像を献呈した。最近、特に話題を集めたのは、1990年代に社会現象ともなった日本の人気アニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する、ロボットの博多人形だ。その最新作の劇場版公開に合わせて依頼を受け、2021年に制作された。

日本の人気アニメーション「新世紀エヴァンゲリオン」に登場するロボットをモチーフとした人形

「博多人形では日常の現実を表現するリアリズムを大切にしていますが、そもそも架空の存在であるロボットに、いかにリアリティを実現するか、その表現にはとても苦心しました」と中村さん。

中村さんは、どんなモチーフであっても、その時代の現実を、人として、意義あらしめて、生きることを表現しようとする「祈り」を込めてつくるという。だから博多人形の「人形」は、英語で「doll」と翻訳するのではなく、日本語の「ningyo」をそのままあててほしいと中村さんは言う。

中村信蕎作「桃太郎」(伝説のヒーロー)

博多人形は、単なる伝統的な飾り物としてではなく、その時代時代に生きた美人、子供の個性を表現するために制作されてきた。そして、それは、単に上辺の形だけを表すのではなく、人であるがゆえに持つ日常のリアリズム、内面の喜怒哀楽までも表現しようとするアートであると言えよう。それゆえに、見る者に、語りかけてくる迫真性がある。

* 粘土を、釉薬をかけないまま、焼いた陶磁器
** 16〜17世紀、ローマ教皇への謁見などを目的に派遣された4少年らによる使節。1582年に出発し、1590年に帰国。