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April 2022

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日本の春を彩る花

  • 多田多恵子さん
  • 「ジャパニーズ・スノーベル(雪の鐘)」と呼ばれるエゴノキの花
  • 新潟県の里山に咲くカタクリの花
  • ニリンソウの花の花粉を食べるヒラタアブ
  • 埼玉県の荒川の川岸で白い花を咲かせるユキヤナギ
  • 高尾山に咲く、アジサイの仲間であるガクウツギの花
多田多恵子さん

日本では春、色とりどりの花々が野山を彩る。立教大学などの大学で講師を務める植物生態学者の多田多恵子さんに日本の春の花について話を伺った。

「ジャパニーズ・スノーベル(雪の鐘)」と呼ばれるエゴノキの花

日本では春に、桜をはじめとして様々な花が咲きますが、どれくらいの種類がありますでしょうか。また、その特徴をお聞かせください。

日本には約7,400種以上の陸上植物が自生しています。そのうち、花を咲かせる植物は5,000種以上、その中で日本にしか見られない日本固有種は、春に咲くフクジュソウやフジ、アセビ、ヤマザクラなどを含め、約1,500種あります。日本は、植物を含め、生物の多様性に富んだ国であり、地球の生物多様性を考える中で最も重要な「ホットスポット」の一つなのです。

日本は島国で、多数の島々からなります。一般に島の生物は独自の進化を遂げ、その島に固有の種となります。日本列島の島の中には、一度も大陸とつながったことのない小笠原諸島のような島々もあれば、大陸との離合の変遷を経て生物の移動や隔離の歴史を経てきた琉球列島のような島々もあります。こうした地史的な歴史も日本列島独自の生物の地理的分布や種の分化に深く関わっています。

南北に長く伸びる日本列島には、亜寒帯に属する北海道(高山には一部寒帯に相当する地域もある)から亜熱帯に属する沖縄や小笠原諸島まで様々な気候の地域があります。雪が非常に多く降る地域もあります。地形も、低海抜の平地もあれば、3,000メートルを超える山々が連なる山脈もあり、変化に富んでいます。このように多様な気候や地形に加え、水も豊かであったことから、様々な生物が生まれ育つようになったのです。

生物は互いに支え合ってもいます。例えば、虫に花粉を運んでもらう「虫媒花」にとって、ハチやチョウといった虫たちは、大切なパートナーです。植物は花粉や蜜を作り、これらの餌に加えて、目立つ色や匂いで虫を誘います。虫が花にとまると体に花粉がつきます。そして、虫が花から花へと飛び回ると、めしべの先(柱頭)に花粉がつき、花は実を結んで種子ができるのです。花粉を風に運ばせる「風媒花」もありますが、目立つ花を咲かせるのは虫媒花のほうです。それは、花と虫たちが共に密接に関わり合いながら進化してきたからです。花は花粉を運ぶ虫に合わせて、花の色、形、大きさなどを進化させてきました。日本の花のおよそ7割が虫媒花で、花の色や形はバラエティに富んでいます。それは、昆虫も多様性が高いということと深く関わっているからです。

一方、日本には、植物など生物の多様性の維持に人が深く関わっている、集落、林、農地、ため池などで構成された「里山」があります。里山では、人が持続的に自然を利用することで、多様性に富む生物の生育環境が長年にわたって維持されてきました。例えば、林の木々は燃料として使うため20〜30年ごとに切られ、落ち葉は田畑の肥料にするために集められます。それによって、林の地面に光が差し込むようになり、春に短期間だけ地上に現れる植物「スプリング・エフェメラル」など様々な植物の生育が助けられているのです。そして、春、多くの美しい花々が咲き誇ります。

桜や梅などのよく知られたもの以外で、春の里山で花を咲かせる植物を教えてください。

例えば、カタクリが挙げられます。カタクリは、スプリング・エフェメラルの一つです。春の短期間に、芽を出し、葉を広げ、花を咲かせ、種子を作った後、枯れて、地上には跡形もなくなります。残された種子と球根だけが、地中で次の春を待ちます。

新潟県の里山に咲くカタクリの花

カタクリの赤紫色の花は1週間ほど開閉を繰り返しながら咲きます。夜間や気温の低い日は花を閉じていますが、気温の上がった日中には、花びらを大きく開きます。北海道から九州まで広く分布しますが、北海道、東北地方、新潟県などの多雪地帯にはことに見事な群生地があります。雪が溶けた後、カタクリが咲き誇る里山の風景は、とても美しいものです。

私はしばしば、花と虫との関係をレストランとお客さんに例えて話します。花が提供する「食事」が花粉と蜜で、虫が払う「代金」は花粉の輸送です。レストランには、客を選ぶ高級レストランがあれば、誰もが入れるファミリーレストランもあります。植物も同じです。カタクリは、マルハナバチやギフチョウなど特定の虫をお客さんとする「高級レストランタイプ」です。カタクリの花が、多くの虫が好む白や黄色ではなく紫で、しかも花が下向きに咲いて、脚力の弱い虫には止まりにくいようにできていることからも推し量れます。マルハナバチやギフチョウは、カタクリの花にしがみつく身体能力を備えているだけでなく、花の色や形や所在をとてもよく記憶し、同じ種類の花を選んで飛び回ってくれます。つまり、花にとっては花粉の運搬効率が高いのです。

一方、「ファミリーレストランタイプ」の植物は、さまざまな種類の虫を幅広く誘って花粉を運ばせています。このタイプの植物は、一般に虫が明るい方向に飛ぶという走性をもつことに合わせて、花の色も白や黄色など明るい色であることが多いのです。飛ぶのが不器用な虫でも舌が短い虫でも、簡単に花に止まれて蜜を吸えるように、花の構造も単純です。

スプリング・エフェメラルでファミリーレストランタイプの植物の一つに、白い花を咲かせるニリンソウがあります。ニリンソウの花は上を向いて咲くので、虫がとまりやすいのです。そのため、ハエやヒラタアブ、小さなハチや甲虫など様々な虫が集まります。

ニリンソウの花の花粉を食べるヒラタアブ

カタクリやニリンソウの他に、日本の春の花として、多田先生が注目する植物があればご紹介ください。

たくさんありますが、エゴノキはその一つです。エゴノキは高さ7〜8メートルの木で、5月から6月にかけて1週間ほど香りのよい白い花を咲かせます。日本ではどこでも見られる木なので一般的にあまり気にとめられることがありません。しかし、欧米では公園や個人の庭に植える木として人気が高く、日本から輸出されています。鐘のような形をした花が下を向いて咲くので、「ジャパニーズ・スノーベル(雪の鐘)」という名前がつけられています。

日本では、春にエゴノキの花が咲くとマルハナバチが集まります。花が散り初夏を迎えると、甲虫のオトシブミ、ゾウムシ、アブラムシなどの虫が葉や実を食べたり、住み着いたり、卵を産んだりします。熟す前の緑白色の実には、サポニンという発泡性物質が含まれています。そのため、昔の人はこの実をつぶして出た汁を、洗濯洗剤として利用していました。

秋になると、実が熟します。すると果皮は乾燥してはがれ落ち、硬い種子が剥き出しになって枝に吊り下がります。すると種子の油脂に富んだ中身を好物とするヤマガラという鳥が種子を取りにやってきます。ヤマガラはエゴノキの種子の硬い殻をくちばしで割って、中身を食べますが、それと並行して、さらにたくさんの種子を冬の食糧として集めて運び、石垣の間や、植物と植物との隙間などに埋めて蓄えます。ここで指摘したいのは、ヤマガラが種子を埋める深さや場所は、エゴノキが芽を出して育つのに都合が良いということです。一部の種子は食べられることなく春を迎え、芽を出します。つまり、エゴノキはヤマガラの習性を利用して種子を様々な場所へと広げているし、ヤマガラも厳しい冬を乗り切るのにエゴノキの恩恵を受けているのです。私はこのようにたくさんの生物と共存しているエゴノキがとても好きです。

多田先生おすすめの、海外の方にも紹介したい、春に花を咲かせる野生植物が見られる場所を教えてください。

春に花を咲かす野生植物の群生地は日本全国にたくさんあります。東京近郊では、例えば、荒川の上流域にあり、埼玉県の観光地として有名な長瀞(ながとろ)という渓流の岩場では、白い花を咲かせたユキヤナギを見ることができます。ユキヤナギは庭や公園に植える植物として一般的ですが、もともと山間部を流れる川の日当たりの良い岩場に生える野生植物です。ユキヤナギが生えているのは、増水すれば水没するような川岸の険しい岩場です。ユキヤナギは、増水した川の水に流されないように、葉は水の抵抗を少なくする細長い流線型となっており、枝はしなやかになびき、根は岩場の割れ目に入り込んでしっかりと張り付いています。日本の川は急流が多いので、そうした環境に適応し、このような進化を遂げたのです。長瀞の岩場ではゴールデンウイークの頃に野生のフジの花も見事に咲きます。

埼玉県の荒川の川岸で白い花を咲かせるユキヤナギ

ハイカーに人気の茨城県の筑波山にもカタクリやニリンソウなど山の植物が豊富です。また、多くの観光客が訪れる東京都の高尾山も様々な花で彩られます。例えば、沢沿いの斜面には高さ1.5メートルほどの、アジサイの仲間で日本の固有種であるガクウツギが自生しており、とても良い香りのする清楚な白い花を咲かせます。

高尾山に咲く、アジサイの仲間であるガクウツギの花

人々が豊かな自然環境を守ってきたおかげで、日本では今も多様な自然環境が豊かに残されていて、私たちは四季の花々を楽しむことができます。新型コロナウイルス感染症収束後には、海外の方にもぜひ、様々な花で彩られる自然の景色を見に来ていただきたいです。