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May 2022

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松尾芭蕉:比類なき俳人

  • 芭蕉の銅像。隅田川の川沿いで、芭蕉が暮らしていた「芭蕉庵」があったと伝えられる地の跡にある「芭蕉庵史跡展望庭園」(東京都江東区)に設置されている。
  • 芭蕉の肖像画。画人・俳人の松村月渓 (1752-1811年)作。(江東区芭蕉記念館所蔵)
  • 芭蕉が旅で着用していたと想像される衣服、笠、草履など、江東区芭蕉記念館の展示品
  • 1836年に出版された、江戸(現在の東京)の名所を紹介する本に描かれている芭蕉庵
芭蕉の銅像。隅田川の川沿いで、芭蕉が暮らしていた「芭蕉庵」があったと伝えられる地の跡にある「芭蕉庵史跡展望庭園」(東京都江東区)に設置されている。

日本の短詩「俳句」は世界でも広く愛されている。俳句の歴史に大きな足跡を残した俳人を紹介する新しいシリーズの第一回は、最も偉大な俳人と言われる松尾芭蕉(1644-1694年)を紹介する。

芭蕉の肖像画。画人・俳人の松村月渓 (1752-1811年)作。(江東区芭蕉記念館所蔵)

俳句は、限られた文字数の中で自然の美や人間の心情を表現する日本独自の定型詩。五・七・五の十七音で詠む。その十七音の中に、「季語」と呼ぶ季節を表す言葉を一つだけ入れることが基本的なルールである。季語は、春・夏・秋・冬・新年に分類されており、俳句を詠む際には、季語を辞書のように配置している本「歳時記」を参照するのが一般的だ。

俳句の歴史の中で最も重要な俳人が松尾芭蕉(以下「芭蕉」)である。約50年の生涯で作った句はおよそ1000句。後年、他に並ぶ者のいない俳人を指す「俳聖」と呼ばれるようになった。

「わずか十七音という短い詩ながら、俳句を高い芸術性をもった文芸として完成させた人物が芭蕉です」と東京の江東区芭蕉記念館の野呂達矢さんは言う。

芭蕉は1644年、現在の三重県伊賀市に生まれた。19歳の時に俳諧*に出会い、29歳の頃に俳諧で身を立てることを夢見て江戸の日本橋(現在の東京都中央区)に移り住んだ。35歳で俳諧の師匠となった後、1680年に隅田川沿いの深川(ふかがわ。現在の江東区)にある「芭蕉庵」と呼ばれる家で暮らすようになる。芭蕉は亡くなるまでの約14年間、深川を拠点に活動し、多くの作品を残した。

芭蕉の作品の中で最も有名で、「蕉風」と呼ばれる芭蕉独自の作風を確立したと言われるのが、1686年の春、自宅に弟子が集まった際、蛙(かわず。カエルを表す古語)を題材に詠んだ次の句である。

古池や蛙飛び込む水の音

1836年に出版された、江戸(現在の東京)の名所を紹介する本に描かれている芭蕉庵

「春の季語である蛙は、その鳴き声が、カエル自体の象徴として扱われてきました。しかし、芭蕉はこの句でカエルの鳴き声を表現はせず、飛ぶ動作と水の音をモチーフにすることによって、小さなカエルの動きが聞こえてくるくらいの池の“静けさ”を強調しました」と野呂さんは話す。「俳句はできる限り余分な説明を省略します。それによって、読み手にその句の情景や情緒を想像させるのです」

俳句には、読み手に想像力を働かせる「余白」があることが重要である。「余白」があるからこそ、心に響く「余韻」が生まれるからだ。こうした句を詠んだことが、芭蕉が革新的であった理由の一つである。

芭蕉は諸国を旅して、各地で多くの句を詠んだ。1689年に、弟子を伴って東北地方、北陸地方などを巡った旅を踏まえて書いた紀行文「おくのほそ道」には50句が掲載されている。その中には次の句がある。

荒海や佐渡によこたふ天河 (あまのがわ)

秋の季語である「天河」を使ったこの句は、夜の荒波寄せる日本海に佐渡島**と、そのはるか上空に天の川が広がる情景を詠んだものである。この短い一句をもって、実際の景色を見ていない読み手にも、自然や宇宙という壮大なイメージを喚起させることができる。この句も、芭蕉の名作の一つと評価されている。

今や俳句は日本だけでなく世界各国で親しまれる文化の一つとなり、世界中に愛好者がいる。例えば、ザ・ビートルズのメンバーだったジョン・レノンは1971年に来日した時のインタビューで、「俳句は今まで私が読んだ中でも最も美しい詩だと思う。私も自分の詞を俳句みたいにシンプルにして、俳句と同じように美しいものにしたい」と語っている。また、元欧州理事会議長で自らの句集もあるヘルマン・ファン=ロンパイをはじめヨーロッパには熱心な愛好家が多い。

江東区芭蕉記念館では2018年から毎年、「芭蕉庵国際英語俳句大会」を開催しており、国籍や年齢の制限なく、ウェブサイトから投句することができる。2〜3行で詠むというルールはあるが、季語は必ずしも必要がない。4回目となる昨年は、34の国と地域から1,500を超える投句があった。

芭蕉が旅で着用していたと想像される衣服、笠、草履など、江東区芭蕉記念館の展示品

芭蕉がその芸術性を確立した俳句は、誰もが、シンプルな言葉で、自ら感じたことを自由に表現できる、世界でも稀有な文学形式と言えるだろう。

* 俳諧は「俳諧連歌」とも呼ばれ、古典詩歌である和歌をルーツとする。和歌は、原則31音で詠み、「五・七・五・七・七」で構成。伝統的な和歌は作者が一人であることが多いが、俳諧は複数の人で詠む。最初、一人が「発句」と呼ばれる前半部分の五・七・五の句だけを詠み、その後、後半の七・七の句を別の者が詠む。
** Highlighting Japan 2021年11月号「世界遺産をめざす「金の島」」参照。
https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202111/202111_06_jp.html