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June 2022

日本料理店で修行する中国人の料理人

  • 『銀座 小十』主人の奥田透さん(右)と王俊鵬さん
  • 若鮎の炭火焼き
  • 調理場で仕事する王さん
  • 『銀座 小十』のカウンター席
  • 紫陽花(あじさい)の柄(左上)のついた器に盛った牡丹鱧と煮麺のお椀
  • お造り(おさしみ)の一例
『銀座 小十』主人の奥田透さん(右)と王俊鵬さん

中国出身の王俊鵬(オウ シュンホウ)さんは、東京・銀座にある高名な日本料理店で和食を学んでいる。

調理場で仕事する王さん

2013年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことを機に、農林水産省は翌2014年に料理研修プログラム「日本料理海外普及人材育成事業(現行:日本の食文化海外普及人材育成事業)」を立ち上げ、和食を学ぶ外国人シェフの支援を行っている。

東京で極めて高い評価を受け*、格式のある日本料理店として知られている「銀座小十(ぎんざこじゅう)」で修業を続けている、中国出身の王俊鵬さんも、その人材育成事業を通じた研修生の一人。現在、王さんは、修業3年目。一流の料理人をめざす日本人10数名が働く緊張感漂う調理場に共に立ち、妥協を一切許さない主人の奥田透(おくだ とおる)さんの指導を受けながら、その腕を着実に上げている。

『銀座 小十』のカウンター席

「大将**は厳しいですが、学ぼうとすればすべてに応えてくれる。一緒に働く仲間もわからないことは教え合い、熱心にお互いを高め合う。小十の厨房は最高の環境です」と王さんは語る。

王さんは語学留学生として日本に滞在していたとき、和食の専門学校に通っていた中国人の友人に誘われて体験入学、そこで出会った和食に感動したという。「和食は健康的でシンプルでとてもおいしい。しかし、その作り方を見たら、鰹節や昆布で出汁をひくことや、魚などの素材の処理、すべてがものすごく丁寧で繊細であることに驚きました」と王さん。「ぜひ和食を学びたい」と、専門学校へ入学することにした。

若鮎の炭火焼き

学校では、食材ごとに種類の違う包丁の扱い方や手入れの仕方、「桂(かつら)剥(む)き」といって大根などを途切れないように薄く剥き続ける基本の技術から身につけていった。そして3年間の修了時、優秀な成績を修めた王さんは、念願だった「銀座小十」での研修が決まった。

「銀座小十」では、煮物、焼き物といった日本料理の調理技術だけでなく、日本茶や日本酒の知識、接客の姿勢まで、学ぶことが多い。その上、日本料理は、その時期にしか出回らない食材やその時期がもっともおいしいとされる“旬”の食材を用い、彩り、香りなど五感で季節を感じさせることを特徴とする料理。そのため、1年12か月を通じて同じ料理を作ることがないという、学ぶ上での難しさもある。しかし、王さんは、そこにこそ、日本料理のとても大切な精神があると考えている。

紫陽花(あじさい)の柄(左上)のついた器に盛った牡丹鱧と煮麺のお椀

「季節を楽しんでもらう、お客様へのおもてなしの心が、日本料理の根底にあると思います。例えば小十でも、毎月「器(うつわ)出し」といって、今の季節なら紫陽花(あじさい)の柄のついた器を選ぶ、といったことをします」と王さん。専門学校に入学した時から、王さんは、日本の華道や書道も学んだ。今も、休日は和食器の専門店を巡り、鑑賞する力を養っている。

王さんは5年間の研修期間を終えたら、いずれ上海で自分の店を開きたいと考えている。「その店は、料理だけでなく室礼(しつらい)など、すべてにこだわりたい。私は、日本料理を、学んだ日本文化とともに紹介したいと思っています」と王さん。「さらにその先は、上海ならではの料理を創作していくとともに、中国で日本料理の技術や考え方を伝えたい」と夢を語る。

お造り(おさしみ)の一例

和食に限らず、過去の人々の知恵を受け継ぎ、長い歴史が育んだ食文化は、国籍を超えた人類の遺産だ。世界に冠たる食文化を持つ中国出身の王さんならではの日本での経験をもとにした料理が創作される日が楽しみだ。

* 2022年ミシュラン二つ星獲得
** 奥田さんを指す