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April 2023

広島の神楽:現代の神楽

  • 宮乃木神楽団による「走り水」の一場面
  • ブラジルで演じられた「八岐大蛇」の一場面
  • 中川戸(なかがわど)神楽団による「板蓋宮」(いたぶきのみや)の一場面
  • 琴庄(きんしょう)神楽団による「土蜘蛛」(つちぐも)の一場面
宮乃木神楽団による「走り水」の一場面

何百年も受け継がれてきた郷土芸能を進化させた新しい形の「ひろしま神楽(かぐら)」は、広島県内外の演者や観客を魅了し続けている。

ブラジルで演じられた「八岐大蛇」の一場面

神楽は日本全国で様々な伝統を持つ芸能だが、一般的には豊かで平和な暮らしを授けてくれる神々に感謝する儀式と考えられている。今日のひろしま神楽の起源は、広島の県北・芸北(げいほく)地方に250年以上舞い継がれてきた郷土芸能の「芸北神楽」と言われている。芸北神楽自体は、収穫を祝う秋の素朴な祭りとして発展してきた。この神楽を舞台上演する際に、日本の古典芸能である能や歌舞伎の物語を取り入れ、照明を工夫するなどの舞台演出によって、芸北神楽は新しい神楽である「ひろしま神楽」へと発展した。ひろしま神楽の大きな特徴は、和紙の面を使い、色鮮やかな衣装と躍動感あふれる舞だ。

現在、ひろしま神楽にまつわる演目は70種類以上あるという。主に、日本全国に伝わる神話、民話などがもとになっているが、それぞれ、ほとんどは分かりやすい勧善懲悪物語に脚色されている。例えば、一つの体に頭が八つ、尾が八つ付いた蛇のような怪物の八岐大蛇(やまたのおろち)が、娘を飲み込むために大きな山から出て来るが、その巨大な怪物を神様が退治する話が有名だ。複数の演者が、巨大で色鮮やかな蛇の衣装を身にまとい、その演技はとても迫力がある。その他の人気のある物語としては、美しい姫が鬼に変身してしまうものがあり、演者は面や衣装の「早変わり」が必要になる。また、太鼓や笛の伴奏があり、舞台を見終えた観客からは満場の拍手が沸き起こる。

「神楽」とは、神に奉納される歌舞のこと。神事として神楽の様式が成立したのは8世紀頃とされるが、稲作を中心に集落が形成された日本では、集落ごとに穀物の豊作を祈り感謝する「五穀豊穣」の神楽が行われてきた。そうした集落ごとに、今日まで伝承されてきた神楽を「里神楽(さとかぐら)」とも呼ぶが、近代化とともに農村部の人口が減り、里神楽が消滅してしまった地方も多い。しかし、芸北神楽は思い切った方向性を打ち出した。

中川戸(なかがわど)神楽団による「板蓋宮」(いたぶきのみや)の一場面

「芸北神楽は動きも激しく若者が担ってきた文化です。そして若者の関与が農村の活力源にもなる。だから私たちは、伝統文化をただ保存するのではなく、創造的に伝承するべきだと考えたのです」とNPO法人広島神楽芸術研究所の理事長、林秀樹(はやし ひでき)さんは語る。

1948年には県北を拠点とする神楽団が集って競い合う神楽競演大会が開かれ、その後現在まで毎年開催されるようになっている。

「この大会で優勝することは地域の誇りとなる。どの神楽団も熱心に稽古をして切磋琢磨するようになりました」と林さん。

そのように神楽団の活動が活発化していく中、1993年、広島市中心部の大きなホールで、初めて舞台芸術としてこれまでの常識を覆す派手な衣装や照明舞台効果を使用した新たな神楽の表現に挑戦、この演出が大きな成功を収めることとなり、舞台芸術としての新しい「ひろしま神楽」の誕生となった。

琴庄(きんしょう)神楽団による「土蜘蛛」(つちぐも)の一場面

新しい「ひろしま神楽」は、日本国内のみならず、海外にもその評判が伝わり、これまで、中国、メキシコ、ブラジル、フランスやその他の国々で公演を幾たびも行ってきた。「通訳をつけたとしても、神楽は日本の土俗が生んだ芸能ですから、海外の方々に理解してもらえるか不安でした。しかし、どの国でも大好評をいただけました。特に団員は皆アマチュアであると言うと驚かれますね」と林さんは言う。

現在、広島県内には、約200の神楽の団体がある。団員は、農家や会社員などである。中には「ひろしま神楽」に魅せられ、1時間以上かけて稽古に通う若者たちもいるという。

団員たちの日頃の練習の成果は、毎週水曜日に広島市の広島県民文化センターで上演され、観客はその舞台を楽しめる。神楽を初めて観る人でもとても分かりやすい台詞(せりふ)を使った演目で、子供から大人、外国人観光客までもが感動する舞台である。

郷土の誇りを伝えるだけでなく、魂に触れるものがあるために、神楽は見る人の心に響くのであろう。