VOL.214 APRIL 2026
THE APPEAL OF YOSHOKU: JAPANESE-STYLE WESTERN CUISINE (PART 2)
日本の食文化の一つとして確立したレトルト食品の歩み

1968年に発売された初代「ボンカレー」のパッケージ
Photo: 大塚食品株式会社
レトルト食品は、気密性のある容器に封入し、加圧加熱殺菌を行うことで、常温での長期保存を可能にしたものである。カレーや丼物、和惣菜から洋食まで多様なレトルト食品が広く親しまれており、忙しい日常の食事を支えるだけでなく、ライフスタイルの多様化や防災意識の高まりを背景に、現代社会を下支えする存在となっている。日本では1968年に発売されたレトルトカレーをきっかけに、世界で初めて一般向け商品として定着し、独自の食文化へと発展した。その背景と開発の経緯について、メーカーの担当者に話を聴いた。
レトルト食品は1950年代に米国陸軍の缶詰に代わる軍用携帯食として開発が進み、1969年にはアポロ11号1にも搭載され注目を集めたが、米国では冷凍食品の普及により一般市場には広まらなかった。一方、日本ではこうした軍用携帯食の保存技術をヒントとして、1968年に大塚食品株式会社が世界で初めて市販用レトルトカレーを開発、発売した。今日では温めるだけで食べられる簡便性により、日本の食生活に大きな変化をもたらした。同社製品部の森川 慎太郎さんは、次のように振り返る。
「1960年代、米国の雑誌に掲載されていた軍用の真空パック入りソーセージの記事が、市販用レトルトカレーの開発のヒントとなりました。大塚グループが輸液(点滴)2製造で培ってきた滅菌技術を、食品に応用できるのではないかという発想が原点でした。洋食の人気メニューであるカレー(参照:日本の味「カレーライス」の変遷 | August 2025 | HIGHLIGHTING Japan)は、当時はまだカレー粉や缶詰での販売が主だったため、差別化を図るべくレトルト食品の開発に着手しました」
開発にあたり最大の課題となったのは、保存性と味の両立である。
「発売当初の半透明のポリ袋のパッケージは、光や酸素による劣化を防げず、賞味期限は冬場で3か月程度でした。試行錯誤の結果、1969年にはアルミを用いた三層構造のパウチを包装容器に採用し、保存料を使用せずに常温で2年間の保存が可能になりました」
当時の商品は、じゃがいもやにんじんなどの野菜と、特に高価だった牛肉が入っていることで「ごちそうカレー」として位置付けられていた。やがて、ごちそうでありながら、手軽に食べられるものであるということが、地道な普及活動によって広く知られるようになっていく。森川さんは次のように説明する。
「その後も時代の変化に応じて製品ラインアップは広がっていますが、開発当初から重視されてきたのは、「誰でも手軽に調理できること」でした。当時はまだ新しい技術であったため、受け入れには時間を要しましたが、レトルト技術による安全性や品質を丁寧に伝える取組が重ねられました。全国の商店に配布した約9万5千枚のホーロー看板3もその一つです。こうした普及活動と、「お湯で3分温めるだけ」という簡便性とおいしさが重なり、レトルト食品は日本の家庭に少しずつ受け入れられていったのだと思います」

Photo: 大塚食品株式会社

Photo: 大塚食品株式会社
2002年に日本の家庭への電子レンジの普及率が95%を超えたことを受け、翌2003年には箱ごと電子レンジ調理が可能なパッケージも導入された。現在、同製品のシリーズの累計販売数は30億食を超えている。2026年には、多様な食文化、健康志向に基づく食事に応えるため、小麦粉や動物性原材料不使用のカレーを発売した。
1970年代以降、レトルトカレーは味や仕様を変えながら進化を続け、家庭で手軽に食べられる洋食として定着していった。この簡便性と長期保存性は、近年では災害時の非常食としても評価されている。現在では、カレーに加え、パスタソースや丼類4の素、おかゆ5などの主食から、肉料理や魚料理などの主菜まで、手軽なごちそうとして多彩な製品が生まれている。一人分が無駄なく用意できる利便性から、単身世帯の増加に伴う個食化への対応や、食品廃棄の削減にもつながっている。また、離乳食やアレルギー対応食、減塩食、介護食といった家庭内の異なる献立作りを支え、現代社会への多様な食の課題の解決策にもなっている。


Photo: 大塚食品株式会社
軍用の携帯食として研究されたレトルト食品は、日本で再定義され、独自の進化を遂げた。その象徴としての同社の製品は、半世紀以上にわたり、日本の食卓に新しい選択肢をもたらし続けている。
「2025年には食品メーカーとして初めて食生活文化特別賞6を受賞しました。保存性、時短、簡便性という新しい食の価値を創出した功績を評価していただきました。これからも健康で豊かな食生活に貢献できる製品開発を続けていきたいです」
レトルト食品は、現代の多様なライフスタイルや防災の視点とも結びつき、日本の食文化の一つとして受け継がれている。

Photo: 大塚食品株式会社

- 1. 1969年に打ち上げられた、人類が初めて月面着陸を達成した米国の有人宇宙船。
- 2. 水分や栄養分を静脈内に投与するための医療用液体。
- 3. 金属板に釉薬を焼き付けて作られた看板。昭和時代(1926年から1989年)の日本で広く用いられた広告媒体。
- 4. 米の上に具材をのせて提供する、日本の代表的な料理形式を指す。薄切り牛肉と玉ねぎを甘辛く煮た具材がのった牛丼、鶏肉やねぎなどを甘辛く煮て卵でとじた具材をのせた親子丼、天ぷらをのせて濃いめのつゆをかけた天丼などがある。
- 5. 米を水で柔らかく煮た料理。
- 6. 日本の食生活文化の継承・発展に顕著な功績を挙げた個人や団体を顕彰するために設けられた賞。食の提供に携わる企業の社会的・文化的地位向上と技術の伝承や、伝統食文化の調査研究とその成果の普及に取り組む一般財団法人日本食生活文化財団が選定、表彰している。
By TANAKA Nozomi
Photo: Otsuka Foods Co., Ltd.; PIXTA

