VOL.206 AUGUST 2025
THE APPEAL OF YOSHOKU: JAPANESE-STYLE WESTERN CUISINE (PART 1) [私が伝えたい日本(日本人インフルエンサー)]能楽の未来

宝生能楽堂(東京都文京区)での能楽の公演の一例。
Photo: 宝生会

能楽シテ方宝生流第20代宗家1である宝生ほうしょう 和英かずふささん。今月号では、宝生さんに能楽の未来について語ってもらった。

能楽2は日本の伝統芸能であり、日本を訪れた際に是非体験してほしいコンテンツの一つです。海外でもイベントとして能楽の公演があり、その国の建造物を活かした公演を鑑賞することができますが、日本の能楽堂での鑑賞は、能楽の本舞台ならではの感動が味わえます。

さて、これからの能楽はどのように進んでいくのでしょうか。これまで能楽が担っていたチルアウト(静かな安らぎ)としての役割は、産業技術の進化とともに、リラックスや癒しを目的とした音楽や映像などの電子的なコンテンツなどに代替されてきました。その中で能楽の「代替できない価値」をいかに可視化するかが重要になります。

そのために、今後は能楽の持つ様々な効用を科学的に細分化し、鑑賞芸能の枠を超えたイノベーションを図る必要があると考えます。これまで芸術は感性に基づいた評価が中心でしたが、現代においては、その商品価値を正確に伝えるためのエビデンスベースの研究が欠かせません。


宝生能楽堂のロビーの壁には、宝生流を表す「宝生五雲」の模様が描かれている。
Photo: ISHIZAWA Yoji

その一例として、北陸先端科学技術大学院大学の木谷きだに 俊介しゅんすけ特任准教授の協力により、能楽鑑賞時の脈拍と皮膚電位の変動データから、鑑賞がリラックス効果をもたらす可能性が示されました。この効果はウェルネス分野3への応用や、チルアウトを促す新たな舞台芸術としての能楽独自の価値の確立に繋がる可能性を示しています。


海外公演でのパンフレットの一例。各国の言語で発行される。
Photo: 宝生会

これまでの「能楽=鑑賞芸能」という固定観念は、体験芸術としての本来の価値を見えにくくしてきました。また鑑賞芸能としての能も、17世紀から19世紀の娯楽性の高い大衆的な芸能と一括りにされがちですが、12世紀末から16世紀頃におけるかつてのチルアウトとしての性質を重視した芸能としての立ち位置を取り戻す必要があります。そのためには、娯楽としての芸能とは異なる独自の価値の創出が求められます。

とはいえ、チルアウトの性質を重視するといっても、精神的な刺激を忘れてはなりません。例えば、能楽の技法「子方こかた4」は、子どもの尊さを演出することで観客の心に深いエモーションを生み出します。このエモーショナルな感情は、チルアウト芸能にとって重要な要素であり、夕日や香り、風といった五感の刺激とともに、驚きとは異なる感動をもたらすトリガーとなります。

そのためには、「能楽堂」という能楽が行われる空間自体の再考も必要です。現在は照明が演出の全てと捉えられがちですが、本来は太陽光や自然の香り、風の感触といった環境そのものが演出となっていました。未来の能楽においては、これらをどう自然に表現していくかという空間設計の研究も欠かせません。


宝生流の装束の一例。画像は「紅地あかじ手描てがき鳳凰ほうおう長絹ちょうけん
Photo: 宝生会

能楽を後世に残すためには今後、技芸の伝承と並行して、科学リテラシーを取り入れたアプローチを強化していくことが不可欠であると確信しています。日本へ訪れた際には、是非そのような点にも注目しながら、能楽を鑑賞してみてください。

宝生ほうしょう 和英かずふさ
能楽シテ方宝生流第20代宗家。伝統的な公演に重きを置く一方で、異流競演や復曲(過去の演目の復活)なども行う。公演活動のほか、マネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港を中心に文化交流事業を手がける。2008年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2022年には「SHOGUN 将軍(ディズニープラスドラマ)」劇中能監修を務める。2024年10月より週刊少年サンデー新連載のマンガ『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』を監修。
検索:宝生和英

  • 1. 伝統芸能や武道の流派における、その家系の当主。
  • 2. 約700年前に大成した日本の伝統芸能。現存する世界最古の舞台芸術としてユネスコの世界無形文化遺産に登録されている。
  • 3. 身体的、精神的、社会環境的など様々な面で満たされている状態を指す「ウェルネス」を生活に取り入れるサービスを展開する業界。
  • 4. 能楽における子役のこと。

By HOSHO Kazufusa
Photo: ISHIZAWA Yoji; Hoshokai

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