VOL.199 JANUARY 2025
[NEW YEAR'S ISSUE 2025] CELEBRATING A BRIGHT NEW YEAR IN JAPAN
威勢のいい「獅子舞」が練り歩く伝統行事

新潟県出雲崎町で正月に行われている降雪の中での獅子舞
Photo: 出雲崎町観光協会
獅子舞は、正月や祭りなどで厄払い*や、無病息災を祈る伝統行事で、日本の民俗芸能の一つだ(コラム参照)。日本にはもともといないライオンが起源の獅子**を、獅子頭と呼ばれる被り物などを身に着けた人が演じて舞う。なかでも正月に行われているものとして有名な、新潟県出雲崎町の獅子舞を紹介する。
日本列島中央部の北西に位置する新潟県。出雲崎町は、新潟県の日本海側のほぼ中央に位置する海と小高い山に囲まれた自然豊かな町で、かつて海運業が盛んであったという。出雲崎町産業観光課の小黒 修さんに、その起源や特徴を聴いた。
「出雲崎町の獅子舞は、1680年頃に始まったと言われています。毎年、1月2日と3日、そして11日と15日に各町内の神社を起点として、若衆が演じる獅子が、太鼓や笛の音色に合わせて妻入りの家屋が並ぶ街を一軒一軒厄払いしながら巡る、出雲崎町を代表する伝統行事です」

Photo: 出雲崎町観光協会
「妻入り」とは間口***が狭く、奥行きの長い、この地方の建築形式の家屋のこと。人口密度が高かった1680年頃の出雲崎町では少しでも多くの人が町に住むことができるようにと、家屋は「妻入り」が採用されていたという。また、当時は間口のサイズで税金が掛けられていたことも、そうした狭い間口の家が多く並んでいる理由の一つとされる。今でもこの町は、小高い丘と日本海に挟まれたわずかな平坦な地域に、家と家とが重なり合うように軒を連ねており、その街並みを縫うように獅子が練り歩く。
「出雲崎町の獅子舞は、各地域の住民が演じます。町内では、現在十数地区が実施しています。獅子は二人で、獅子頭役とシッポ役が呼吸を合わせて演じます。そのほか、舞に合わせて奏でる笛、鐘、ほら貝****、太鼓を担当する者が各1名、それに太鼓の荷台引き1名と、お賽銭箱*****を持つ者が2、3名というのが獅子舞を行う際の基本的な構成になります」

Photo: 出雲崎町観光協会

Photo: 出雲崎町観光協会
1月11日には、金色を用いて装飾した獅子頭に派手な色で染め分けた胴体を持つ「飴獅子」と呼ばれる特別な獅子が登場する。
「かつては出雲崎町では1月11日に塩の市が開かれていたそうですが、明治時代(1868年から1912年)には、塩に代わって飴を売る市がたつようになりました。その飴市の日にでる獅子ということから飴獅子と呼ばれるようになりました」
妻入りの街並みを太鼓や笛の音色とともに勇ましく舞う飴獅子が気勢をあげながら家内安全や無病息災を祈祷していく様は壮観だ。

Photo: 出雲崎町観光協会
「獅子頭に自分の頭を噛んでもらうことで厄払いができると言われています。積雪もあるほどの寒い中ではありますが、多くの方々に、1月の獅子舞が行われる日に出雲崎町に厄払いをかねてお越しいただき、幸せになっていただきたいと思います」
* 日本では、わざわいや災難を厄と言う。神仏に祈るなどして、その厄をはらうことを厄払いという。
** 一般的にはライオンを指すが、ライオンが生息していなかった東アジアでは古来よりライオンに似た想像上の動物として、厄除けなどの目的のために造形表現として寺社などで用いられてきた。
*** 土地や家屋の幅のこと
**** 大型の巻貝の一種。寺社の儀式や伝統行事用の楽器として用いられ、深みのある音色が特徴。
***** 賽銭を受けるための箱。賽銭とは、もともと祈願成就のお礼として神仏に奉る金銭を指したが、現在では神仏へ参拝する際、祈願崇敬の表れとして奉る金銭を指す。
コラム:日本の「獅子舞」について
獅子舞とはライオン起源の想像上の動物・獅子の頭を模した被り物などをつけて舞い踊る、日本各地で見られる伝統芸能だ。お正月やお祭りなどで演じられることが多く、「厄払い」や「無病息災を祈る」意味があり、現在でも縁起物として親しまれている。起源は古代インドとされ、日本への伝来は、飛鳥時代(6世紀末から8世紀初頭)に大陸からもたらされた仮面を着けて音楽に合わせて劇を演じる「伎楽」の舞の一つであったとされている。古くは752年に行われた東大寺(奈良市)の大仏開眼法要の伎楽で用いられた木彫の獅子頭が正倉院※に残されている。広く普及したのは、江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)に太神楽という芸能集団が、全国各地で獅子舞を演じたことがきっかけであったと考えられている。
※正倉院:8世紀半ば頃に建てられたとされる重要物品を収める倉。現在、宮内庁所管で聖武天皇(第45代天皇。在位724年から749年)の遺愛品ほか、およそ9千点余を収蔵している。
By MOROHASHI Kumiko
Photo: Izumozaki Town Tourist Association


