VOL.211 JANUARY 2026
JAPAN AND UME
梅が日本の文化にもたらした恩恵

梅の花の一例
梅の木の佇まいや花の香りは、古くから日本人の心を魅了してきた。梅は日本の文化にどのような恩恵をもたらしたのか。日本と梅の関わりについて医学博士の宇都宮 洋才さんに話を聴いた。

大阪河崎リハビリテーション大学教授。医学博士。専門は細胞生物学、機能性食品学、食品生化学。梅・梅干し・梅リグナンの様々な健康効果を医学的に検証・解明する「紀州梅効能研究会」に所属。アメリカのヴァンダービルト大学で生活習慣病発生メカニズムを、帰国後は梅の生産・加工業者や和歌山県みなべ町役場などと共同で梅干しの効能を医学的・科学的に研究。「梅干し博士」として知られ、講演会等でも活躍。和歌山県立医科大学准教授を経て、2022年4月より現職。
日本の文化と深くかかわる梅は、昔から日本にある植物のように思われがちですが、原産は中国であると言われています。いつ、どのような経緯で日本の地に伝わり、定着していったのでしょうか。
梅が中国から伝わったのは、奈良時代(8世紀頃)といわれています。京都に行政の中心機関が置かれる以前の、古代国家として最盛期を迎えていた時代で、様々な制度や技術、文化を中国から積極的に取り入れる中で、梅も日本に入ってきました。
梅は花木といって、花を咲かせる木です。冬の厳しい寒さが残る中、降り注ぐ日差しに春らしい温もりを感じ始める早春、ぷっくりと膨らんだ花芽が開きます。黒褐色の枝に咲く花は丸く、奥から淡く甘い匂いを漂わせます。その優美な姿と洗練された香りは、当時の貴族たちの心をとらえ、観賞する対象のみならず、彼らの嗜みの一つでもあった「和歌」に詠まれ称えられたと言います。
梅の木の中には果実がなるものもあり、その実は夏が来る前の長雨が降る頃に一気に熟します。梅の実には花とはまた違う芳しさがあり、その香りに誘われてつい口にしてみたくなりますが、生では非常に酸っぱくて食べられたものではありません。その酸っぱさは、果実に含まれるクエン酸をはじめとする有機酸がもとになっています。
やがてそのように手ごわい梅の実を腐らせずに食べる方法として、豊富な塩で漬け込んだ「梅漬け」という保存食が作られるようになりました。優れた栄養食として重宝され、薬用にも使われた「梅漬け」は、現在もよく食べられている漬物の「梅干し」につながっています。

このように中国から伝来した梅は、感嘆をもって当時の人々に受け入れられた後日本の風土によく馴染み、観賞用及び薬用としての植物としてだけでなく、芸術のモチーフ、梅干しや梅酒などの日常食品の材料に至るまで、広く深く日本の地に根付いていったのです。
和歌をはじめ、梅は文様や家紋、浮世絵、縁起物など、表現のモチーフとして古くから様々な形で扱われてきました。日本の文化において、梅はどのような象徴的意味を持ってきたのでしょうか。
日本では、年間の気候を24に区切る「二十四節気」の「立春」に、季節が冬から春に切り替わるとされています。太陽暦でいうと例年2月4日頃ですが、その時期に咲いている梅は、まさに春の訪れを告げる花といえるでしょう。
そうしたことから、梅は「百花の魁」とも呼ばれます。百花とは「あらゆる花」のことで、魁は「他より先んじて物事を起こす」という意味です。「あらゆる花の中でも先んじて咲く」様子を表すこのような言い回しに、日本人が梅に思い浮かべるイメージを読み取ることができるのではないでしょうか。
また、日本人にとって身近なところに例を探しますと、鰻料理を提供する和食店に入ってメニューを開くと、鰻料理が「松」「竹」「梅」に分類されて案内されているのを見ることがあります。この「松竹梅」の組み合わせは、日本では「鶴亀」や「鳳凰」などの文様と同じ「吉祥文様」とされています。吉祥文様とは、喜び祝う気持ちを表す伝統的な装飾の図柄のことで、今日でも婚礼衣装などに描かれています。
ちなみに松竹梅は、もとを辿れば中国の宋時代(10世紀後半から13世紀後半)を起源とする画題で、「歳寒三友」とも呼ばれます。歳寒は「厳しい冬」が転じて「逆境」などの意味、三友は「ためになる友人」のことと言われています。つまり、冬の寒さにも負けず青々と茂る松、天に向かい真っすぐ伸びる竹、可憐な花を凜と咲かせる梅の三つは、苦しい境遇でも節度を持って力強く生きる理想の姿を象徴しています。

梅が伝わってきた頃の日本は中国の影響が色濃い時代にありました。彼の地に憧れを抱く貴族たちは、もたらされた漢詩文などに刺激を受けつつ、自分たちの間で詠み交わす和歌の主題に梅を取り上げていったのです。
こうして、梅は日本の古典文学に広く見られる題材となりましたが、後に文様や家紋、浮世絵、縁起物などでも梅が伝統的なモチーフとして扱われるようになりました。(参照:春を告げる花―日本人が愛した梅文様の世界| January 2026 | HIGHLIGHTING Japan; 浮世絵に咲く梅| January 2026 | HIGHLIGHTING Japan)
一方で梅は、日本の食文化にどのような影響を与えてきたのでしょうか。果実を使った加工食品のほか、食べることで期待できる健康上の効果などについてお教えください。
梅の果実を使った加工食品には、梅干し、梅酒、梅酢、練り梅、梅シロップ、梅ジュース、梅ジャム、梅ペースト、など色々ありますが、日常的に広く食べられるものとして、梅干しについて紹介します。
日本は雨が比較的多く、夏は高温多湿という気候のため、古くから穀物や野菜、魚介類などの食材を腐らせないで貯蔵する工夫がされてきました。幸いなことに海から塩が豊富に手に入り、また主食の穀物で酢を作ることができたので、塩や酢などの調味料に漬け込んだものが、保存食として日本各地で発展しました。
中でも代表的な保存食である梅干しは、梅の実を塩にしっかり漬けてから、たっぷりの日差しと外気に晒し乾燥させて作られます。とりわけ梅の栽培が盛んな和歌山県みなべ町を発祥とする品種の「南高梅」を漬けたものがよく知られています。(参照:日本の伝統的な健康食品「梅干し」| January 2026 | HIGHLIGHTING Japan)

江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)から梅の産地だった和歌山県は、紀伊半島の南部にあって、県域の南から西までぐるりと海に囲まれています。海運が発達した地で、首都の江戸(現在の東京)や西日本の要所の大阪に向けて、大量の物資を運ぶ「紀州廻船」が出ていました。
物資の中には、梅干しの前身である梅漬けもありましたが、荷船に積んで運ぶ間に実が潰れてしまうのを防ぐために水分を蒸発させ潰れにくくしたものが、梅干しの始まりだと言われます。紀伊田辺産の梅干しは品質が良いと江戸の庶民に人気だったようです。
梅干しと炊いた米は米を主食とする日本人の味覚によく合います。炊いた米を握り固めたものを「握り飯(又はおにぎり)」と言いますが、その中に梅干しを一粒入れておくと、朝から持って出掛けても、昼時まで米が傷まず、おいしく食べることができます。かつて日本各地で戦乱が続いた戦国時代(15世紀後半から16世紀後半)には、武士たちは栄養摂取や食中毒予防、疲労回復のために、梅干しを入れた握り飯を持ち歩いていたといいます。

また、私が梅の研究を始めた30年ほど前の話ですが、メディアで私の研究のことを知った年配の方から、「第二次世界大戦の時は、戦地で梅干しを食べて水当たりが防げたし、味気のないご飯も食べやすくなった」と、戦地での梅干しの食中毒予防や食欲増進の効果についての声が寄せられたこともありました。
このように、梅干しを食べると活力が補われ食あたりが防げることは、生活の知恵として受け継がれてきましたが、私の率いる梅効能研究グループが医学的に検証したところ、梅干しには「黄色ブドウ球菌(MRSA)」や「病原性大腸菌(O-157)」といった食中毒菌の増殖を抑制する「制菌作用」があることが分かりました。また梅干しに含まれるクエン酸には、疲れの原因となる乳酸が筋肉内に蓄積されるのを抑える働きがあることも実証されました。このほか梅の食品機能性として、胃がんや糖尿病、インフルエンザの予防や、動脈硬化の抑制、抗酸化活性作用、血液浄化作用、脂肪燃焼作用などが、科学的データに基づき裏付けられています。
海外の方に向けて伝えたい日本の梅の魅力や、訪日した際におすすめする梅の楽しみ方がありましたらお教えください。
海外の方には、まずは日本の梅酒(参照:家庭の味から世界の酒へ―梅酒の魅力 | January 2026 | HIGHLIGHTING Japan)を試すことをお薦めします。梅酒は海外の方の口にも合い、すこぶる評判が良いという実感があります。私は長年アメリカに滞在していましたが、1990年代当時でも現地では様々な種類の梅酒が売られており、私の知り合いには、ワインのように梅酒を嗜む人もいました。梅酒を飲むとぐっすり眠れるというのです。

確かに梅の芳醇な香りにはリラックス作用があり、梅の実と同じような食品機能性も期待できます。またお子さんへのお土産に梅ジュースや梅シロップなどを選んでみてはいかがでしょうか。
そのほかに、梅の実をすりつぶした梅ペーストや梅エキスもおすすめです。日本では、焼いた鶏のささみ肉に梅肉を合わせて食べることがありますが、その応用として、皆さんが普段食べている肉料理のソースとして梅ペーストを代用すると、手軽に梅の実のおいしさを楽しめるのではないかと思います。

私は医学を修める者として、長年にわたり梅の研究に打ち込んできましたが、その原動力には、梅の食品機能性の高さはさることながら、素朴に食品としてのおいしさを広く知ってもらいたいという思いがあります。研究を始める前は梅干しの味が苦手でしたが、アメリカから戻り赴任した和歌山の地で食べた梅干しのおいしさに心から感動したものです。
食べる行為には、おいしさはもちろんですが、「楽しく食べる」ことで健康になるという効能があると、個人的に感じています。皆さんが日本の地を訪れる際は、口に合う梅の食品と出会っていただき、ぜひそのおいしさを心から楽しんでほしいと思っています。
By TAKADERA Kuriko
Photo: PIXTA
