VOL.211 JANUARY 2026
JAPAN AND UME 茶席における梅の和菓子

梅をモチーフとした和菓子の一例。菓銘「香かやは隠かくるる」
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有職菓子御調進所 老松、有斐斎弘道館

茶席で提供される和菓子は客人をもてなすために作られる一期一会いちごいちえ1の芸術作品であり、梅をモチーフにした和菓子も多い。京都の伝統文化を伝える公益財団法人有斐斎ゆうひさい弘道館こうどうかんの館長である濱崎はまさき 加奈子かなこさんに、茶席における梅の和菓子の美学と楽しみ方を聴いた。

茶席で提供される和菓子は単なる甘味ではない。一席ごとに、その日の天気や時間、場所などを踏まえて、そのお客様のためだけに作られる贈り物だ。濱崎さんは、「人がおいしいと感じるのは、誰とどのような気持ちで食べたかという体験記憶に結びついています。茶席の和菓子はその究極です」と語る。


梅をモチーフとした和菓子の一例。
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有職菓子御調進所 老松、有斐斎弘道館

梅をモチーフとした和菓子の一例。
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有職菓子御調進所 老松、有斐斎弘道館

「和菓子は、口にすればたちまち消えてしまう儚さゆえに、五感全てで感じ取り、茶席の主催者が自分のためにここまで考えてくれたという思いを受け取った瞬間に、忘れられないおいしさの記憶になるのです」と濱崎さんは語る。こうした一期一会のおもてなしの心を表現するために、茶席では季節感を大切にする。その時期に咲く花や風景を和菓子に映し出し、客人に季節の移ろいを楽しんでもらうのだ。新年を祝う縁起物であり、春の訪れを告げる梅をモチーフにした和菓子も、茶席でよく提供される。

梅の花といえば、その香り高さが印象的だ。しかし、「お茶席で出す和菓子には、基本的に香りの強い食材は使いません」と濱崎さんが語るように、梅の和菓子であっても強い梅の香りや味がする材料はあえて使わないという。「実際の嗅覚を刺激するのではなく、和菓子の形や色、そして菓銘かめい2によって、香りを想起させるのです。匂いはないけれど匂いを感じる。それが日本の美意識です」

また、匂いだけでなく形も抽象的に表現する。例えば、きんとんと呼ばれる、そぼろ状の餡あんをまとわせた和菓子がある。梅の花がモチーフの和菓子であっても、リアルな花びらの形を作り込むことはなく、白やピンク、紅の色合いと、抽象的な丸い形だけで梅を表現する。そこに添えられるのが、「東風こち」や「香かやは隠かくるる」といった菓銘だ。漢詩3に由来する凛とした響きのものもあれば、和歌に由来する優美な響きのものもある。食べる人はその菓銘から、記憶の中にある梅の風景や、長い歴史の中で育まれた物語を思い起こし、梅の香りがふわりと立ち上るような感覚を覚えるのだ。


梅をモチーフとした和菓子(きんとん)の一例。菓銘「東風こち」
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有職菓子御調進所 老松、有斐斎弘道館

「西洋の料理が素材を足して作り込む足し算の文化だとすれば、日本の文化、特に京都の和菓子は要素をそぎ落とす引き算の文化です。抽象度が高く、余白があるからこそ、食べる人は想像力を働かせて味わうことができるのです」と濱崎さんは解説する。こうした茶席における「見えないものを楽しむ遊び心」は、和菓子だけに留まらない。茶席では、茶室に飾る掛け軸や、茶道具の組み合わせによって、梅の風景や物語を表現することもある。


淡々斎筆画賛 梅絵「誰云春色従東到」
春の訪れを象徴する梅が描かれた掛け軸。
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有斐斎弘道館

「主役となる道具に梅の模様が入ったものを使うこともありますが、時には、水指みずさし4や茶器といったお客様が気づきにくい場所に、梅を連想させる模様が入った道具を使うこともあります。主催者は道具を通して謎かけをし、お客様はそれを発見して楽しむ。これは、かつて即興で和歌を詠み合って心を一つにした連歌れんが5の精神にも通じる知的な遊びです」


梅の模様が描かれた茶道具の一例。
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有斐斎弘道館

有斐斎弘道館には、茶席を体験するために訪れる外国人旅行者も多いという。「海外の方も、日本の文化にある抽象性や余白に魅力を感じ、受け入れる感性を持っていると感じます。言葉や歴史の知識がなくても、目の前の美しい和菓子や空間から、この菓子はどんな景色を表しているのだろうかと想像しながら楽しむことが茶席の醍醐味です」と濱崎さん。


茶席でお茶を点たてている様子。
Photo: ISHIZAWA Yoji
撮影協力: 有斐斎弘道館

1月から3月の梅のシーズンに茶席に招かれたり、和菓子店に立ち寄ったりして梅の和菓子に出会った際には、ぜひ菓子の形や色、菓銘に注目してほしい。梅の花が咲く風景と香りを思い浮かべて味わえば、より記憶に残る体験となるはずだ。

  • 1. 一生に一度しかない出会いや機会を大切にするべきという意味の日本のことわざ。
  • 2. 和菓子に付けられる名前のこと。和歌や俳句、地域の歴史や名所に由来する。
  • 3. 中国の伝統的な詩のこと。
  • 4. 茶席で湯を沸かしたり、茶碗などを洗ったりするための水を一時的に保存しておく器。
  • 5. 和歌の上の句(五・七・五)と、下の句(七・七)を多数の人たちが交互に作り、一つの詩になるように競い合って楽しむ遊び。

By MURAKAMI Kayo
Photo: ISHIZAWA Yoji; Oimatsu; Yuuhisai Koudoukan

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