VOL.211 JANUARY 2026
JAPAN AND UME [日本の技術―次代を担う若手たち]身体に負担の少ないがん診断技術「拡散MRI」の開発

MRI装置のイメージ。

1981年から現在に至るまで日本人の死因の第一位となっている「がん」。医学が発達した現代においても人類にとっての大きな脅威といえる病だ。がんの診断方法には様々な技術があるが、がん診断法の中でも、拡散MRIは画期的な技術革新によって現代における医療画像診断の重要な手法となった。拡散MRIは診断医学に変革をもたらし、MRIシステムメーカーに採用され世界中で使用されている。その成功の鍵は、完全に非侵襲的1な検査法でありながら、組織の微細構造、特にがん病変の微細な特徴を明らかにできることにある。その研究開発に取り組み、診断技術の世界レベルでの標準化を目指す飯間いいま 麻美まみ氏に話を聴いた。

「がんには様々な種類があり、発生する場所も拡がるスピードも違います。ゆえに治療法も多様であり、より良い治療方針の選択には、がんの性状を見極める診断技術がとても重要となります」と名古屋大学大学院医学研究科で特任教授を務める飯間 麻美氏は言う。飯間氏は京都大学大学院生時代の2014年に現在の研究分野の原点である「拡散MRIを用いた新たな非侵襲的乳癌診断法の開発」で第4回日本学術振興会育志賞を受賞している(育志賞については囲み参照)。


飯間氏は「患者の役に立ちたい」という強い想いを原動力に研究に取り組み、科学技術振興機構の第3回「輝く女性研究者賞」や第3回バイオインダストリー奨励賞、第27回日本女性科学者の会「奨励賞」なども受賞している。
写真提供:バイオインダストリー奨励事業

MRIとは画像診断法の一つでMagnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像法)の頭文字を取ったもので、端的に言うと強力な磁石と電磁波を使って、生物の体内の水分などに含まれる水素原子の動きを調べることで体内の様子を断層画像化し、病変を見つける技術だ。通常のMRIでは病変部を見つけやすくするために体内に造影剤2を注入することが多いが、造影剤にアレルギーを持つ人には使用できず、また場合によっては副作用が生じることもある。そこで、より身体に負担の少ない方法として飯間氏が研究を続けているのが造影剤を使用しない「拡散MRI」だ。

水分子が拡散3する動きの速さを信号の強弱によって画像化するこの手法は、頭部のMRIでは急性期脳梗塞や神経疾患の診断を目的として、1990年代半ば頃から一般的に用いられてきた。がん診断への応用は2000年頃に実現した。これは、がん病変では増殖細胞が水の拡散を阻害するという知見に基づいている。腫瘍は通常、血管構造の変化、細胞外マトリックス4の障害、不均一な細胞密度、細胞増殖といった特徴を示すが、拡散MRIはこれらの変化を鋭敏に検出できる。しかし、その臨床的普及にはいくつかの課題があった。第一に、呼吸や心拍などの体動による運動アーチファクト5の影響を受けやすく、脳以外の臓器では安定した画像取得が困難であること。第二に、標準プロトコルが確立されていないため、スキャナーや撮像パラメーターによって測定値が変動すること。第三に、高度な定量解析には専用の解析ソフトウェアが必要だが、MRI装置に標準搭載されていないことである。

それでも、飯間氏らの研究グループはこの問題をクリアすべく拡散MRIで得られる膨大なデータを解析し、定量化6に取り組み、200を超える乳腺腫瘍臨床例において、診断への有用性を評価した。拡散MRIから得られる信号値を解析することで、定量診断的に使える値を確立し、より悪性度合いの強い部分をカラーで可視化する、半自動化腫瘍評価システムを開発しその特許も申請したのだ。これは悪性病変の診断や生検の指針として有用性が期待されている。

飯間氏らが開発した拡散MRI画像を用いた半自動化腫瘍評価システムの概要

出典:Adapted from Iima M, J. of SJWS, Vol. 23 (2023).

悪性腫瘍の検出に最も高い感度・特異度をもつ各パラメーター値において診断閾値いきち(判断の境界となる値)を設定し、すべてのパラメーターの閾値を組み合わせることにより、腫瘍の悪性から良性までの定量的診断スコアを確立。このスコアを病変全体またはピクセル単位でカラーマップとして可視化することで、造影剤を使用せずとも腫瘍の悪性度や内部の不均一性などの性状をより詳しく知ることが可能となった。

「MRI装置自体の撮影能力の向上が拡散MRI診断技術の開発に大きく影響しています。より鮮明な画像を得られるようになり、薬物療法による腫瘍の性状の変化もより捉えやすくなってきています」と話す飯間氏。現在は研究に加え、欧州乳房画像診断学会などの国際会議に参画し、拡散MRIを用いた乳がん診断のガイドライン策定や診断技術の標準化に向けての活動も行っているという。拡散MRIを臨床現場でより多くの医療従事者が活用できるようにし、それによって基礎研究と臨床研究をつなげ、がんの早期発見・治療の最適化に貢献したいと展望を語った。

育志賞とは
育志賞は、将来の日本の学術研究の発展に寄与することが期待される優秀な大学院博士課程学生を顕彰することで、その勉学及び研究意欲を高め、若手研究者の養成を図ることを目的とした賞である。上皇陛下の天皇即位20周年に当たり、社会的に厳しい経済環境の中で、勉学や研究に励んでいる若手研究者を支援・奨励するための事業の資として上皇陛下から御下賜金を賜り、2010年度に日本学術振興会7によって創設された。詳細は日本学術振興会育志賞ホームページ参照。

  • 1. 医療や検査の分野で生体を傷つけず、身体に負担のないように行う方法や技術のこと。
  • 2. MRIなどの画像診断の際に血管や内臓などの体内組織に白黒のコントラストをつけ、病変を見つけやすくするのに用いられる特殊な薬剤。静脈注射や経口投与などがある。
  • 3. 物質などが濃い方から薄い方へと均一になるように拡がっていくこと。
  • 4. 細胞と細胞の間や組織の隙間を満たす、タンパク質や糖質からなる複雑な構造体。組織の形状と弾力性を維持したり、細胞機能の制御を担う。
  • 5. 被験者の身体の動きや呼吸によって生じる画像の乱れ、ノイズ。
  • 6. 物事を数値化し客観的な尺度で表すこと。比較や分析が容易となる。
  • 7. 日本学術振興会は、昭和7(1932)年に昭和天皇の御下賜金を基金として創設された、学術の振興を目的とする日本で唯一の独立した資金配分機関。学術研究の助成、研究者の養成、学術に関する国際交流の促進、大学改革の支援など多岐にわたる事業を行っている。

By FUKUDA Mitsuhiro
Photo: Bioindustry Encouragement Project; PIXTA

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