VOL.194 JULY 2024
JAPANESE SMALL AND MEDIUM ENTERPRISES LEADING THE WORLD
[知ってほしい日本のカルチャー]シンプルな意匠に伝統の美が込められた日本の「紋章」の魅力
カナダ出身の落語家・桂福龍さんは、アマチュア落語家として活躍していたときから自分の名前をモチーフにした芸紋を自身でデザインしていたそう。家紋や芸紋など日本の紋章の魅力について語ってもらった。
日本では、ほとんどの家に代々伝わる家紋があり、冠婚葬祭のときに親族が着る着物などに描かれています。欧米で見かける紋章はカラフルで、ライオンやユニコーンなどが描かれた複雑なデザインが多いですが、日本の家紋は白と黒のモノトーンでとてもシンプル。小さな円形のスペースに草花や鳥、月などのモチーフをわかりやすくデザインしているものが多いです。3万種類以上デザインがあると言われており、それぞれに家族のルーツにつながる意味が込められているのがとても面白いと感じます。
実は、落語家にも一門ごとに芸紋があります。師匠の芸紋を代々弟子が受け継ぎ、自分の着物にもそれを入れるのです。ただ、私は、アマチュアの落語家だったときにその文化を知り、自分で着物を仕立てた際に私自身で芸紋*をデザインして入れました。
当時は「デューク・カナダ」という芸名で活動していて、音が近い漢字を当てはめて「龍来彼方゛」と表記していました。「彼方」に濁点をつけることで「カナダ」の意を表し、“遠いカナダから着た龍”というイメージです。また、「龍」は私がスコットランドにルーツがあり、先祖の家紋にトカゲが描かれていたことに由来します。この名前をベースにデザインしたのが私の芸紋です。龍が尻尾をくわえて弧を描くことで「永遠」を表し、その中央にカナダの国旗に描かれている楓の葉を配置しました。ダジャレを込めた複雑な意味をシンプルなデザインで表現することは難しかったのですが、楽しくもありました。
その後、プロの落語家を目指して桂福團治師匠に弟子入りしたとき、師匠の名前にある「福」の字と、私の芸名にあった「龍」の字を使った「桂福龍」という落語家名をつけてもらいました。一門の芸紋はひし形の周囲を花弁の形にした模様「花菱」ですが、師匠が私のオリジナル芸紋を気に入ってくれたこともあり、入門後は自分の芸紋に一門の芸紋を融合することを認めてもらい、楓の葉の中に「花菱」を入れたデザインに変えました。一門の寄席に出るときは一体感を示すために「花菱」が入った着物を着ますが、単独で出演する独演会のときは自分の芸紋を入れた着物を着ています。
日本で暮らしていると、街中でいろいろな紋章を見かけます。家紋だけでなく、都道府県や学校、企業などのさまざまな紋章があり、そこにどのような意味が込められているのかを考えるのも楽しいです。日本語がわからなくても、その紋章に描かれているモチーフから意味をなんとなく想像できるのもいいですね。
もし、自分でオリジナルの家紋をつくりたいと思ったときは、ぜひ自分の出身国のイメージや家族のルーツをモチーフにしてデザインしてみるといいかもしれません。小さな円の中にいくつかのモチーフをおさめてデザインするのは難しいですが、きっと唯一無二の家紋ができるはずです。
桂福龍
カナダ出身の落語家。2016年10月に桂福團治一門に入門し、11番目の弟子となる。関西***を拠点に日本各地の寄席に出演。落語****の魅力を世界に発信したいという想いのもと、米国のラスベガスやサンフランシスコ、ハワイのほか、カナダ、フィリピンなどでも公演している。
* 日本では、「紋章」のことを「紋」とも言う。
** 桐の花や葉を模様化したデザインで、日本の家紋の典型例。
*** 関西:おおむね京都、大阪、神戸とその近隣の県を合わせた地域
**** 落語:400年以上前に生まれた日本の伝統話芸。詳しくは「HIGHLIGHTING Japan」2024年5月号参照。
by KATSURA Fukuryu
Photo: Katsura Fukuryu Office; PIXTA