VOL.204 JUNE 2025
JAPAN’S RELATIONSHIP WITH WATER [私が伝えたい日本(日本人インフルエンサー)]能楽に触れて和の心を感じる

和を感じる檜舞台を備えた宝生能楽堂(東京都文京区)。
Photo: 宝生会

能楽シテ方宝生流第20代宗家1である宝生ほうしょう 和英かずふささん。今月号では、宝生さんに日本の伝統芸能である能楽の起源や発展について語ってもらった。

能楽は約700年前に大成した日本の伝統芸能であり、現存する世界最古の舞台芸術としてユネスコの世界無形文化遺産に登録されています。その中で「シテ方」とは、能面という仮面をつけ、主役を演じる役割のことを指します。現在、シテ方には5つの流儀があり、私はそのひとつ、宝生流の宗家を務めております。


能楽では能楽師が能面をつけていることが多い。写真は重要文化財に指定されている能面「盤若はんにゃ(平形)」。
Photo: 宝生会

さて、皆様は能楽にどのようなイメージをお持ちでしょうか。現代のエンターテインメントと比べると、かなり異質に感じられるかもしれません。現代社会におけるエンターテインメントとは、驚きや感動を与え、人々の注意を引きつけるものが主流であると思います。しかし、すべての文化がそのような性質を持っているわけではありません。

例えば、美術館を訪れた際、そこに拍手や歓声はあるでしょうか。むしろ、美術館は各々が静かに作品と向き合い、心の機微を味わう特別な空間であると言えるでしょう。能楽もまた、本来は体験を通して心身のチルアウト(静かな安らぎ)を促す文化として生まれたのです。


宝生流の公演は海外でも観ることができる。写真はバチカン市国での公演の様子。
Photo: 宝生会

その源流の一つに、7世紀頃の古代中国から渡来した芸能者たちの存在があります。彼らは国に雇われ、奇術、踊り、ものまねといった芸能を披露していました。やがて朝廷が衰退すると、多くの者はこれまでとは異なる生業なりわいを選びましたが、一部の者は神社仏閣に雇われ、神話や物語を伝える役割を担うようになりました。その後、14世紀頃交易によりイスラム圏や中国、朝鮮半島の文化が流入しました。これらの新しい文化は、それらの寺社仏閣に雇われていた者たちによって日本文化と融合され、現在の能楽が成立しました。つまり能楽は、純粋な日本文化というよりも、多様な国の文化(デザイン、建築、産業、文学、宗教)を内包した、非常にオリエンタルな魅力を持つ芸能なのです。

また、日本において「チルアウト文化」が育まれた背景には、地政学的な要因もあります。第一に、日本は世界有数の災害大国であり、可住地が限られた島国であることが挙げられます。大災害に何度も見舞われる一方、容易に移住することができなかったため、心を平穏に保つための文化が求められました。科学が未発達だった時代において、災厄は鬼の仕業と考えられ、能楽師たちは鬼を象徴する役を演じることで、平穏を祈念したと伝えられています。

第二に、日本人が農耕民族であり、稲作を通じて共同体意識を育んできたことが挙げられます。稲作は反復的な集団作業であったため、皆で共有できる平坦な4分の4拍子のリズムを基調に、心を一つにする文化が発展しました。


宝生流の演目「おきな」の公演の様子。
Photo: 宝生会

このような背景から、能楽をはじめ、雅楽、茶道など、日本独自の「チルアウト文化」が形成されたと言われています。日本を訪れた際は、ぜひ体験してみてください。

宝生ほうしょう 和英かずふさ
能楽シテ方宝生流第20代宗家。伝統的な公演に重きを置く一方で、異流競演や復曲(過去の演目の復活)なども行う。公演活動のほか、マネジメント業務も行う。海外ではイタリア、香港を中心に文化交流事業を手がける。2008年東京藝術大学アカンサス音楽賞受賞、2019年第40回松尾芸能賞新人賞受賞。2022年には「SHOGUN 将軍(ディズニープラスドラマ)」劇中能監修を務める。2024年10月より週刊少年サンデー新連載のマンガ『シテの花 -能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』を監修。
検索:宝生和英

  • 1. 伝統芸能や武道の流派における、その家系の当主。

By HOSHO Kazufusa
Photo: Hoshokai

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