VOL.201 MARCH 2025
Traditional knowledge and skills of sake-making with koji mold in Japan
[知ってほしい日本のカルチャー]日本の伝統的な漆器「輪島塗」に魅せられた人生

輪島塗の一例
Photo: ISHIZAWA Yoji
石川県で活躍する英国出身の漆芸作家、スザーン・ロスさん。ロンドンの美術館で日本の漆1による名品に出会ったことを機に、漆芸を学ぶために22歳で来日し、長年、石川県輪島市で作品をつくり続けてきた。スザーンさんの心を惹きつけてやまない日本の漆と、その漆を使った日本の伝統工芸漆器2「輪島塗」3に魅せられた人生についてお話を伺った。
私がはじめて日本の漆器に出会ったのは、ロンドンの王立芸術院で開催されていた日本の江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)の名作展でした。漆ならではの深い黒と柔らかく輝く金色、そして螺鈿4が美しい一つの作品を見て、すぐに心を奪われたのです。あとになって、その作品が日本美術史上屈指の巨匠、尾形光琳 5の名品、硯箱6だと知りました。その後、私は日本の漆器について学びたいと考え、日本行きを決意。当時の英国では漆に関する情報を手に入れることができず、日本で3か月程度学べば漆器技法を身につけられるだろうと思っていましたが、甘い考えでした。来日から40年経ちますが、私は今も漆の可能性を追い続けています。

Photo: Colbase
日本には各地に漆器の伝統工芸がありますが、中でも有名なのが石川県で500年続く輪島塗です。来日後、「日本で最高の漆器技法を学びたい」と日本人に相談したところ、多くの人が「輪島塗が一番だ」と教えてくれました。私は輪島に移住し、石川県立輪島漆芸技術研修所で熟練の職人や人間国宝7に認定された作家から輪島塗の伝統的な技術を習得しました。輪島塗は分業制で、一つの作品でも工程ごとにさまざまな専門職人が担当します。私はいずれロンドンで作品づくりをすることも考え、10年以上かけて全工程の技術を学び、人間国宝の作家のもとでも修業を重ねました。2000年には初めて個展を開くことができました。

Photo: Suzanne Ross

Photo: ISHIZAWA Yoji
近年は輪島塗に興味を持つ海外からの観光客も増えています。私のギャラリーを訪れる人が驚くのは、日本では漆の文化が9000年以上も続いていることです。漆器は軽くて丈夫で耐水性や防腐性に優れていますが、一切化学薬品は使っておらず、自然の素材だけでつくられています。漆のもとは成熟したウルシの木の樹液で、1本の木からわずか250ミリリットルから350ミリリットル程度しか採取できません。このように極めて貴重な材料を用いていること、専門の職人が一つひとつ手作業でつくっていくことが、輪島塗の芸術的な価値を高めているのです。
しかし今、輪島塗は大きな危機を迎えています。2024年1月1日、輪島塗の産地である石川県能登半島を大地震が襲ったのです。この地震で町は壊滅的な状況となり、輪島塗の職人たちも大きな被害を受けました。私の工房と家も全壊。長年大切に使ってきた貴重な道具やこれまでの作品を失いました。ショックは大きいですが、日本の伝統的な漆文化を守り、素晴らしさを多くの人に伝えるためにも私はまだ作品をつくり続けていきたいと思っています。
最近、石川県金沢市の湯涌温泉に新たな工房兼ギャラリーをつくることができました。英語でのガイドや観光客向けの輪島塗体験レッスンも提供していく予定です。今年(2025年)春にオープンするので、輪島塗の魅力を多くの人に知ってもらうために役に立っていきたいです。

Photo: ISHIZAWA Yoji

スザーン・ロス
英国のロンドン出身、現在は石川県金沢市在住。ロンドンの王立芸術院(The Royal Academy of Art)で開催された江戸時代の美術展で漆と初めて出会い、漆芸技術をマスターしようと1984年に来日。人間国宝に認定された作家に師事するなどして修行を積み、長年、石川県輪島市で活動してきた。しかし、昨年(2024年)の能登半島地震で被災、現在は同県金沢市の湯涌温泉に工房兼ギャラリーを移転。日本の漆の素晴らしさを伝える活動に精力を注いでいる。
Photo: ISHIZAWA Yoji![]()
- 1. ウルシ科の落葉高木。古くから日本でも栽培されてきた。
- 2. 漆を塗って仕上げた器。
- 3. 石川県輪島市で生産される漆器のこと。江戸時代(17世紀初頭から19世紀後半半ば)に制作技術が発展した。
- 4. 貝殻の真珠層を用いた漆器などの加飾方法。
- 5. 1658年生、1716年没。やまと絵の伝統を基として豊饒な装飾性を特性とする琳派を大成した画家、工芸家。代表作は国宝「紅白梅図屏風」など。
- 6. 墨書による文字を書く際に使う、墨を水ですりおろすのに用いる硯、筆、墨などを入れておく箱。
- 7. 演劇、音楽、工芸技術、その他の分野で、極めて高度な技術を持つ者として日本政府が「重要無形文化財の保持者」として認定した者。通称「人間国宝」。
By Suzanne Ross
Photo: Suzanne Ross; ISHIZAWA Yoji; Colbase

