VOL.213 MARCH 2026
EXPLORING JAPANESE POTTERY
濃厚な五つの色彩をまとう九谷焼

赤、紺青、緑、紫、黄の大胆で鮮やかな色使いが九谷焼の特徴。
Photo: ITO Akihiro
九谷焼は本州の中ほど、日本海側に位置する石川県の南部、加賀市、小松市、能美市から金沢市にかけてのエリアで生産される磁器だ。まるで絵画のような大胆な絵柄と濃厚で鮮やかな色使いが大きな特徴であり、「日本の油絵」とも言われている九谷焼。その魅力を紹介する。
九谷焼は、もともと江戸時代初期(17世紀)にこの地を治めていた加賀藩の支藩である大聖寺藩の事業として始まったと言われている。1655年頃に同藩の管轄下であった九谷村で磁器の原料となる陶石が発見され、加賀藩主の前田家はそれを用いて色絵磁器を作らせた。この初期の九谷焼は「古九谷」と呼ばれ、赤、紺青、緑、紫、黄の華やかな色使いで、藩主に献上するに相応しい豪放華麗な作風であった。しかし、古九谷の窯業は藩の財政難などを理由に50年ほどで終わりを告げ、再び加賀藩で磁器が作られるのはその約100年後となる。

Photo: ITO Akihiro
「19世紀初頭になり政情や藩の財政が安定すると、京都から名工・青木 木米を招聘し、藩の事業として色絵磁器づくりが再び始まりました。これらは「古九谷」に対して「再興九谷」と呼ばれています。さらに古九谷の伝統技法を復興させようと当時の商人・吉田屋 伝右衛門が窯を開き、黄や緑を基調とした「青手」と言われる絵付けの技法を確立しました」と話すのは九谷焼の振興と発展に尽力する石川県九谷陶磁器商工業協同組合の鏑木 基由理事長だ。

Photo: ITO Akihiro
「青手は吉田屋の名を取って吉田屋風と呼ばれ、九谷焼を代表する技法の一つです。ほかにも前述の木米は、赤の線画に五色をのせて人物を描く絵付けの技法で知られ、「木米風」と呼ばれています。九谷焼の絵付は「絵を描く」や「色を塗る」のではなく「色をのせる」と表現するほど、たっぷりと絵具を使います。これは素地となる磁器が、もともと真っ白ではなかったことから素地が見えないように厚く絵具をのせたからです。この「上絵付」の技術こそが九谷焼の真髄であり、「日本の油絵」とも言われる豊かな色彩と重厚な風格を持つ磁器を誕生させたのです」
更に赤で細密な絵を描き、金彩を施す「飯田屋風」や赤の下塗りの上に金のみで彩色する「永樂風」などの絵付け技法が開発されていく。それと同時にそれまでの壺や香炉1といった富裕層の装飾品に加え、花器や皿といった庶民向けの日常品も作られるようになっていった。

Photo: ITO Akihiro

Photo: ITO Akihiro
その後も洋絵具を用いる技法や、金箔や金粉と釉薬2を組み合わせる技法など、新しい技法が生み出され、発展していった。特に19世紀半ばから後半にかけて活躍した九谷 庄三は海外への輸出にも積極的で、国内外の博覧会などに多くの作品を出品すると、これらは「ジャパン・クタニ」として欧米での人気を博した。
2025年には石川県の郷土料理である「加賀料理」3が国の登録無形文化財に登録され、輪島塗4と共に九谷焼の器も料理を盛り立て、おもてなしの心を表現する要素の一つとして注目を集めている。

Photo: ITO Akihiro
「歴史からも分かるように九谷焼はその時々の職人が創意工夫して技法を開発し、今日に至っています。伝統を大切にしながらもより美しいもの、より良いものを求めて職人が個性を発揮し、現在も様々な作品を作り続けています。近年は女性の職人も多数活躍しており、美しさの中に優しさを感じさせる絵付けが人気です」と鏑木さんは言う。

Photo: ITO Akihiro
個性豊かな作品の中から、自分に合うものをぜひ探してみてほしい。
- 1. 香草をたくための器。元来は仏具であるが、香道や床の間の置物飾りなどにも用いられる。
- 2. 陶器の表面にかけるガラス質の溶液のこと。
- 3. 石川県(旧加賀藩地域)で育まれる豊かな海の幸、山の幸と地域文化が融合した郷土料理。石川県の伝統工芸品である輪島塗や九谷焼の器と、四季折々の花や掛け軸も一体となった空間を含めた総合芸術。
- 4. 石川県輪島市で作られる漆器。市内でしか採れない良質な珪藻土を下地に使用することで強度の高い漆器になることが特徴。(参照:[知ってほしい日本のカルチャー]日本の伝統的な漆器「輪島塗」に魅せられた人生 | MARCH 2025 | HIGHLIGHTING Japan)
By IMAMURA Keiko
Photo: ITO Akihiro
撮影協力: 鏑木商舗

