VOL.215 MAY 2026
[SPRING SPECIAL ISSUE] ENJOYING JAPAN’S SPRING BY LOCAL TRAINS
ローカル線に乗って楽しむ日本の春

京都府を走る京福電気鉄道「北野線」の桜のトンネル
四季折々の風景を楽しめる日本の旅。とりわけ春の眺めは心を弾ませてくれるもの。「日本の鉄道の旅」に精通する、東京理科大学名誉教授の宮村 一夫さんに春をゆっくり感じることができるローカル線の旅について話を聴いた。

東京理科大学名誉教授。工学博士(東京大学)。NHKの「ラジオ深夜便」で、「てっちゃん先生の旅のすすめ」に出演し、鉄道マニアとしても知られている。主著として「「乗り鉄」教授のとことん鉄道旅」(潮出版社、2021年)、「ゼロから学ぶ元素の世界(ゼロから学ぶシリーズ)」(講談社サイエンティフィク、2006年)がある。
日本は鉄道で全国を旅することができます。先生は国内の全路線を乗り通したことを意味する「全線完乗」を果たしていますが、その経験から、日本の鉄道にはどのような特徴があるとお考えですか。
私が鉄道の旅にのめり込んだのは、日本国有鉄道1(現JRグループの前身、通称・国鉄)が、1980年から約10年にわたり行った「いい旅チャレンジ20,000キロ」というキャンペーンがきっかけでした。参加者に、列車の発着時刻の情報をまとめた時刻表を使いこなして「全線完乗」に挑んでもらおうというもので、その魅力的な呼びかけに、当時大学生だった私の「鉄道熱」は大いに刺激されました。
キャンペーン名からも察しがつくように、1980年時点で日本の鉄道は総延長27,000kmを超える路線網で構成されていました。現在は30,000kmを超えるといわれます。南北に長い日本列島のうち、北海道、本州、四国、九州の四つの島は、橋や海底トンネルを介して線路で繋がっており、他の交通機関に乗り換えることなく、鉄道の利用だけで移動することができます。
この長大な路線網の骨格を成すのは、主要都市間を高速で結ぶ鉄道幹線の「新幹線」です。東日本の起点駅である東京駅からは、北方に向かう「東北・北海道新幹線」、日本海側に向かう「上越新幹線」と「北陸新幹線」、京都や大阪のある西方に向かう「東海道新幹線」の4路線が発着しています。そして、東海道新幹線の終点駅である新大阪駅からは、そこを起点としてさらに西へ向かう「山陽新幹線」と「九州新幹線」が延びています。
こうして張り巡らされた鉄道幹線を上手く乗り継げば、北端は北海道の北斗市から南端は九州地方の鹿児島市まで、およそ2,300kmの距離を最短12時間で移動することができるのです。人や物の往来におけるこの利便性の高さは、日本の鉄道の誇れるところではないかと感じます。今後は、現在新幹線で約2時間半かかる、国内の大動脈である東京・大阪間を約1時間で行き来できる「リニア中央新幹線」の開通が控えていますから、日本の鉄道幹線はますます充実していくと思われます。
また、比較的どの鉄道も定時に運行する点も日本の鉄道の特徴でしょうか。日本人にとっては当たり前の定時運行も、海外からの観光客には驚かれると聞きます。
確かに旅する者にとって、列車が遅れずに発着することはありがたいですが、それゆえ困ることもあります。例えば、私自身の経験ですが、乗る列車の撮影に時間がかかり、乗車が発車時刻ギリギリになる時などです。そのような場面でも日本の鉄道は待ってはくれません。ぴしゃりと扉を閉めて定時に発車しますので、ご用心のほどを。
充実する幹線に対して、支線であるローカル線には、廃線の危機に直面しながらも独自性を打ち出して再生を図る例も多くあります。乗ってみないと味わえない「ローカル線の旅の魅力」についてお教えください。
日本には鉄道ファンが多く、その楽しみ方も多彩です。列車に乗ること自体を楽しむ「乗り鉄」、列車や沿線の風景を写真に収める「撮り鉄」(参照:鉄道写真家・中井 精也さんが語る鉄道写真の魅力 | May 2026 | HIGHLIGHTING Japan)、切符や駅弁、鉄道グッズなどを集める「収集鉄」など、鉄道の楽しみ方は人ぞれぞれです。
私にとって鉄道旅の楽しみは、まさしく列車に乗っている時です。同じ運賃なら、出発地から目的地へと効率良く移動するよりも、ローカル線に揺られて変わりゆく景色を眺めながら目的地を目指す方に面白みを感じます。山の中を走る路線なら山並みや渓谷を眺められますし、海沿いを行くなら太平洋側と日本海側で違う趣を楽しめます。
お酒を飲みながら鉄道の旅を楽しむ「呑み鉄」も一興ですが、私は駅の売店や車内販売などで買い求めた「駅弁」を列車の中で楽しみ、その包み紙を大切に収集しています。駅弁には趣向を凝らしたものが多く、食材には地域性が現れます。北海道・函館駅の「鰊みがき弁当」、同・苫小牧駅の「ほっきめし」、新潟県・直江津駅の「鱈めし」といったその土地ならではの海産物を使ったものがおすすめです。

函館駅の「鰊みがき弁当」(左)と苫小牧駅の「ほっきめし」(右)。
地域それぞれの駅弁も鉄道旅の楽しみの一つ。
独自の魅力を持つ路線として思い浮かぶのは、鳥取県の米子駅から境港駅を結ぶJR西日本「境線」です。(参照:[私が伝えたい日本(日本人インフルエンサー)]日本でおすすめの鉄道旅 | APRIL 2025 | HIGHLIGHTING Japan)鳥取県境港市出身の漫画家、水木しげるさんの代表作「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する妖怪のキャラクターたちがラッピングされた「鬼太郎列車」が運行されたり、オブジェとして駅に置かれたりして、広く話題になりました。鬼太郎をモチーフにした駅弁の「ゲゲゲの鬼太郎丼」も大人気で、こちらはJR西日本「山陰本線」の鳥取駅で手に入ります。
様々な楽しみ方ができるローカル線ですが、廃線が相次いでいることを残念に思っています。そのうちの一つが1910年に開通したJR北海道の「留萌本線」で、2026年3月31日に廃線になります。鉄道ファンになった当初と比べると、半数近いローカル線が姿を消しました。
鉄道の旅に親しむ者として、ローカル線のあり方について考えますと、幹線の利便性と上手く噛み合っていないと感じることがあります。ローカル線は主に沿線住民の通勤や通学に使われるため、運行時間に偏りが生じがちです。その結果、幹線と接続できる列車の本数が限られ、国内の路線全体の利便性への寄与も十分とは言えません。
ローカル線がこれ以上廃線の憂き目を見ないためには、国内外の観光客を増やすことも大切ですが、海外の鉄道のように、貨物輸送に力を入れる余地もあるのではないかと思っています。その一方で和歌山県の和歌山電鐵貴志川線の「ねこ駅長」のように、ローカル線の存続をかけた地域独自の取組を通じて、ローカル線の魅力を発信し、事業の存続に繋げる工夫もますます活発になってくるのではないでしょうか。
鉄道旅をこよなく愛する先生の、春の旅におすすめの路線はありますか。また旅をより楽しむために心がけていることがあれば、教えてください。
春の鉄道の旅で車窓の眺めを楽しませてくれるのは、やはり桜の花ではないでしょうか。桜は日本の国花だけあって、開花の時期になると国内のどの路線に乗っても美しい景色を楽しむことができます。
とりわけ知られるのは、京都府の京福電気鉄道「嵐山本線」から別れる「北野線」の鳴滝駅と宇多野駅の間の「桜のトンネル」や、福島県の郡山駅からいわき駅までを結ぶJR東日本の「磐越東線」と並走する川の両岸に咲く「夏井の千本桜」、栃木県の新藤原駅から福島県の会津高原尾瀬口駅までを結ぶ野岩鉄道「会津鬼怒川線」の新藤原駅周辺の桜の景色などです。

日本の桜はぜひ見てほしい風景ではありますが、個人的には桃の花もおすすめです。桜より早く咲くため、時期には注意が必要ですが、桃の畑に植えられている木々の花が開くと、一面桃色に染まってとても綺麗です。また、沿線の田畑や土手にはタンポポやつくしも顔を出し、列車の窓から小さな春の息吹を感じられるのも、ローカル線の旅ならではの楽しみです。

春に水量が増える川や滝、渓谷を眺めながらの鉄道旅も良いものです。静岡県の富士駅と山梨県の甲府駅を結ぶJR東海の「身延線」は、多くの区間を富士川と並走します。付かず離れずの川の流れをおよそ1時間楽しめます。ちなみにこの路線には、富士山を仰ぎ見るのに良いビューポイントがあります。
群馬県の桐生駅から栃木県の間藤駅を結ぶ、わたらせ渓谷鐵道の鉄道路線「わたらせ渓谷線」では、渡良瀬川の渓谷を車窓から楽しめます。また、岐阜県の岐阜駅から飛騨古川まで結ぶJR東海・JR西日本の「高山本線」は、荒田川・木曽川・飛騨川に沿うように走る路線で、飛騨川の渓谷「飛水峡」の眺めは圧巻です。

このように、移りゆく車窓の風景を眺めながら、時にはご当地の駅弁に舌鼓を打つなどして、時間の流れを楽しめるのが鉄道の旅の醍醐味ですが、その旅程を組みながら、あれこれ調べたり考えたりしている時間も同じくらい楽しいものです。
私は思い立ったら5分で出かけられるように、常に荷造りはしてあります。リュックサック一つを携えて身軽に、というのが私の旅のスタイルです。両肩にかけられるリュックサックは、段差の多い駅や列車を乗り降りするのに楽なのでおすすめです。また、日本の春は降雨が増えますので、雨具を忘れずに持って出かけてほしいと思います。
日本列島は南北に長いですから、春は南から北へと進んでいきます。そのような日本の春の訪れを、ローカル線に乗って追いかけながら、ぜひ楽しんでください。
- 1. 1987年に六つの地域別の旅客鉄道会社と一つの貨物鉄道会社などに分割し民営化された。
By TAKADERA Kuriko
Photo: PIXTA
ねこ駅長と共にチャレンジを続ける和歌山電鐵「貴志川線」

写真提供: 和歌山電鐵株式会社
日本の鉄道が開業150年を迎えたのは、2022年のこと。世の中はコロナ禍にあり、人々の移動が制限される中、鉄道業は大きな打撃を受けていた。かねてからの人口減少やライフスタイルの変化などと相まって、同年7月に国は、一部のローカル線については今後のあり方を議論するべきとの提言を発表した。
年々厳しさが増す状況の中、路線独自の魅力を打ち出し、存続をかけた取組を続けているローカル線がある。和歌山県の和歌山電鐵「貴志川線」(参照:猫が駅長の駅:和歌山電鐵「貴志駅」 | February 2022 | Highlighting Japan)がその一つだ。
貴志川線は、和歌山県和歌山市の和歌山駅から紀の川市の貴志駅までを結ぶ。2004年に廃線の危機に直面したが、存続を求める住民らの要望から、自治体は全国から新たな運営事業者を公募した。そこに名乗りを上げたのが岡山県の岡山電気軌道だ。岡山電気軌道の社長であった小嶋 光信さんは公共交通の維持に熱意を持っており、貴志川線の立て直しを図るため「和歌山電鐵株式会社」を2005年に設立し、2006年4月に事業を引き継いだ。
立て直しを図るため、さっそく沿線地域と協力し様々な取組に挑んでいく動きは「地方鉄道の再チャレンジのモデル」と評価され、世間から注目された貴志川線は、さらに驚きのムーブメントを巻き起こす。2007年の「ねこの駅長」の誕生である。
貴志駅周辺の公有地整理により、行き場を失った飼い猫「たま」を、同駅の駅長として迎え入れたことが話題になり、務めに励む猫の姿を一目見ようと、国内外から観光客が押し寄せたのだ。初代ねこ駅長の「たま」は順当に出世していき、部下の「ニタマ」が後任に就いた。彼らの活躍は同線の存続と再生を大きく後押しすることになる。
そして、再建から20年を前にした2025年。貴志川線を運営する和歌山電鐵は完全上下分離方式1による公有民営化に向けて動き出した。2026年現在、駅長業務を継いだ「よんたま」「ごたま」「ろくたま」が見守る中、ローカル線としての大きなチャレンジに再び注目が集まっている。
- 1. 線路や駅舎などの鉄道インフラを自治体が保有・維持管理し、列車の運行や営業を民間の鉄道事業者が担う鉄道経営の仕組み
