VOL.215 MAY 2026
[SPRING SPECIAL ISSUE] ENJOYING JAPAN’S SPRING BY LOCAL TRAINS 古き良き時代の汽車旅を存分に味わえる「SLやまぐち号」

美しいフォルムながら、大迫力の爆煙をあげ客車を牽引けんいんする「SLやまぐち号」。写真は「貴婦人」の愛称を持つC57形。
提供: JR西日本

美しく黒光りした車体から煙と白い蒸気を吐き出す―鉄道草創期に活躍した蒸気機関車(以降SL)は、なぜか多くの人の心を捉えて離さない。「SLやまぐち号」もそんなSLの一つだ。その車内に一歩足を踏み入れれば、木目を活かした客車、ゆったりしたボックスシートなど、まるでタイムスリップして旅を楽しんでいるかのような気分になれる。

SLやまぐち号の路線図

鉄道ファンのみならず、多くの観光客に人気が高いSL。発車時の心を揺さぶる独特の汽笛、心地よいリズムを刻む走行音、かすかに漂う石炭の匂いなど、SLは旅が贅沢だった頃のゆったりとした時空間に私たちを連れて行ってくれる。今でも日本の鉄道路線で何台かその勇姿に出会うことができるが、中でもひときわ高い人気を誇るのが、山口県の新山口駅から島根県の津和野つわの駅までを結ぶ観光列車「SLやまぐち号」だ。

「SLやまぐち号」で使用されるSLは、バランスの取れた美しいフォルムから「貴婦人」の愛称を持つC57形と、大柄で重厚なデザインに力強さを感じることで人気が高いD51形。客車は、SL全盛期に活躍した客車を基に再現されたデザインで、レトロな佇まいと快適性を両立させている。また1号車には展望デッキが設けられており、たなびく煙と風を直に受け、走行音をより大きく感じながらの乗車を楽しむことができる。


普通車指定席。最新鋭の旧型客車として木の質感を存分に活かしたゆとりのある空間は、どこか懐かしく落ち着いた雰囲気を享受しながら旅を満喫できる。
提供: JR西日本

そして何より、SLやまぐち号の旅を特別なものにしているのが沿線の景色だ。西日本旅客鉄道株式会社中国統括本部広島支社地域共生の石村いしむら 龍則たつのりさんは「今年、SLやまぐち号は5月から走り始めますが、この頃は新緑が美しいですね。また6月中旬頃の田園風景も印象的だと思います」と話す。徳佐とくさ駅と津和野駅の間では、水をたたえた田んぼに若い苗が風に揺れ、まるで緑の絨毯じゅうたんを敷き詰めたかのような光景を楽しめる。SLが走る姿と併せて、日本の原風景がここに凝縮されているかのようだ。


車窓から眺めることのできる、緑豊かな田園風景も魅力の一つ。写真は「デゴイチ」の愛称で親しまれるD51形蒸気機関車。
提供: JR西日本

2026年の「SLやまぐち号」は5月から8月にかけて運行予定だが、3月から走り始める時などは、桜の花見とセットで旅を楽しむこともできる。ニューヨーク・タイムズ紙が「2024年に行くべき52カ所」で山口市を選んでいるが、例えばその際に紹介された瑠璃光寺るりこうじ1では、五重塔を挟むように桜が咲き、一幅いっぷくの絵を見るかのような景色を堪能できる。

他にも、清流が美しく流れる阿東あとうエリアや、約千本の朱塗りの鳥居がトンネルのように続く太皷谷たいこだに稲成いなり神社などの見どころがたくさん。西日本エリアで定期的に運行される唯一のSLである「SLやまぐち号」に乗って、西日本の名所を巡る旅に出かけてみてはいかがだろうか。


国宝2瑠璃光寺るりこうじ1の五重塔を彩る桜。山口市の歴史と春の美しさが共演する光景だ。
  • 1. 山口県にある寺。境内けいだいにある五重塔は、世界文化の見地から特に価値の高い有形文化財として国宝(2参照)に指定され、その美しさは日本三名塔の一つとして室町時代中期(15世紀)の最も秀でた建築物と評されている。
  • 2. 建造物や工芸品、彫刻、歴史資料などの有形文化財のうち、重要なものを「重要文化財」に指定し、さらに世界文化の見地から特に価値の高いものを「国宝」に指定して保護を図っている。

By YANAGISAWA Miho
Photo: Courtesy of West Japan Railway Company; PIXTA

鉄道写真家・中井なかい 精也せいやさんが語る鉄道写真の魅力


春、島根県の観光地・津和野つわのの街中で、煙をたなびかせて走る「SLやまぐち号」を捉えた中井さんの作品。春の到来を告げる桜を見に出かけてきた人々と、大迫力で通り過ぎるSLの姿の対比が面白い。
Photo: NAKAI Seiya

日本の写真界には列車を好んで撮影する「鉄道写真」というジャンルが存在する。写真家の中井なかい 精也せいやさんはその中でも、車両そのものを主役に据える鉄道写真とは一線を画し、周辺の風景を交えたその土地ならではの鉄道写真や、あえて列車をぼかして主役を風景に譲るといった、鉄道と風景が織りなす旅情や空気感を写し取る作風で知られる。

どうしてこんなにも日本では鉄道写真が人気なのか。中井氏は「これほど鉄道好きが多いのは日本独自のカルチャーと言っていいでしょうね。それだけ日本の暮らしと鉄道は切っても切れない関係にあるのだと思います」と話す。

中でも蒸気機関車は「デザインされた美しさではなく、走るために必要な機能を突き詰めた結果として生まれた機能美が魅力。特に「SLやまぐち号」は、観光列車として早い時期に復活した存在であり、大型のC57形やD51形が客車をく姿そのものが強い迫力を持つ抜群の被写体」だと語る。また、長門峡ちょうもんきょう1や峠越えなど、煙を上げて力強く走る姿を見せる撮影地に恵まれている点も「SLやまぐち号」を撮りたくなる理由なのだと話す。

鉄道写真は、気候などの条件と撮影の腕との両方が揃って初めて美しい姿を収めることができる。だからこそ一瞬を捉えた時の喜びは大きく、見る者を感動させる力があるのである。

  • 1. 山口県中部の阿武あぶ川中流にある渓谷けいこく断崖だんがい奇岩きがんが続くのが特徴。

By YANAGISAWA Miho
Photo: NAKAI Seiya

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