VOL.215 MAY 2026
[SPRING SPECIAL ISSUE] ENJOYING JAPAN’S SPRING BY LOCAL TRAINS 由布院ゆふいんのまちづくりコンセプトを共有した「特急ゆふいんの森」で癒しの旅を

「特急ゆふいんの森」には2種類の車両がある。写真は「ゆふいんの森III世」。「ゆふいんの森III世」をはじめ、JR九州の多くの車両は水戸みとおか 鋭治えいじ氏のデザインによって、統一感のある意匠となっている。
Photo: 九州旅客鉄道株式会社

九州北部を走る観光列車「特急ゆふいんの森」は、移動そのものを心弾む旅の体験へと変える存在だ。車窓に広がる桜や菜の花の景色、客室の空間、食やサービス―その全てが、癒しの温泉地・大分県の由布院へ向かう春旅の期待を静かに高めていく。

九州地方の福岡県と大分県を結ぶ観光列車「特急ゆふいんの森」は、日本の鉄道文化の中でも特別な存在である。1989年に運行を開始したこの列車は、日本における観光列車の草分け的存在であり、35年以上にわたって国内外の旅行者を魅了し続けている。

特急ゆふいんの森の路線図
(博多駅から別府駅までの区間は、3号(下り/別府駅方面)・4号(上り/博多駅方面)のみ走行。その他は博多駅から由布院駅までの走行。)

誕生の背景には、1980年代後半という時代がある。国営だった鉄道が分割、民営化された直後に誕生した九州旅客鉄道株式会社にとって、鉄道で旅をする価値を改めて提示することが大きな課題となっていた。営業部営業課 観光・D&S担当の伊藤いとう 吉紀よしのりさんは「お客様に積極的に鉄道に乗ってもらうために、移動そのものが楽しい列車を作る必要がありました」と話す。


「ゆふいんの森I世」に設けられたサロンスペース。窓に向き合うように座席が配置され、ゆっくり景色を眺めながら旅することができる。
Photo: 九州旅客鉄道株式会社

同時期、目的地である由布院もまた転換期にあった。源泉数、温泉湧出ゆうしゅつ量共に日本一を誇り、全国的にも有名な別府べっぷ温泉が山を挟んで隣接しており、由布院の名はまだそれほど知られていなかった。その中で由布院は、別府温泉のような一大温泉郷とは異なる、自然と共生し、静かに滞在を楽しむ温泉地としての道を模索。歓楽街を作らず、ゆっくりと心身を癒やす高原リゾートを目指してまちづくりを行っていた。「列車の企画にあたっては、由布院の方々と何度も意見を交換し、由布院が目指していた「緑豊かな滞在型温泉保養都市」という理想像を大切にしようという思いから「高原のリゾートエクスプレス」という明確なコンセプトが生まれました」と誕生の経緯を話す。


「特急ゆふいんの森」から見える風景の一つ「伐株山きりかぶさん」。田園風景の中にぽっこりと浮かぶ切株のような形が名前の由来だ。
Photo: 玖珠町観光協会

そんな「特急ゆふいんの森」の車両の座席は、床より一段高い位置に設けられたハイデッカー構造で、視線は自然と外へ向かう。メタリックグリーンを基調とした外観と内装は、森と調和する色彩で統一されている。伊藤さんは「乗車した瞬間から、非日常の時間が始まります」と語る。

福岡県の博多から由布院までの所要時間は約2時間15分。この間、車窓の風景は大きく変化する。都市部を抜け、田園地帯を進み、やがて山々と川が織りなす渓谷けいこくへと入っていく。玖珠川くすがわが蛇行する区間では、列車は自然の地形に寄り添うように走り、谷あいの風景が連続して現れる。特定の見どころでは車内アナウンスや観光案内があり、上段20メートル、下段10メートルの落差がある二段滝「慈恩じおんの滝」付近では徐行運転が行われる。特に春は、やわらかな日差しを受けて、川や滝の水がキラキラ光り、風景そのものが、旅を盛り上げるための演出として組み込まれていることを実感する。そして旅の目的地である由布院では、タイミングが合えば、由布岳と大分川沿いに咲く桜と菜の花が咲き誇る絵画のような景色が待っている。


慈恩の滝は、滝の裏側からの景色も楽しめるため別名「裏見の滝」とも呼ばれる。夜にはライトアップもされ、昼とは違う一面を見せる。
Photo: 玖珠町観光協会

途中の見どころである「慈恩の滝」付近で、観光案内をするスタッフ
Photo: 九州旅客鉄道株式会社

また、車内での楽しみもこの列車の大きな魅力である。ビュッフェでは地元の食材を使った飲み物や軽食、事前予約制の弁当などが提供され、座席で景色を眺めながら味わうことができる。伊藤さんは「列車の旅は車の旅とは違って、リラックスしたまま目的地へ連れていってくれる。その間に、景色や食事もゆっくり楽しめます」と話す。運転の必要がない鉄道だからこそ、時間の使い方が自由になるのが列車の旅の魅力なのだ。

現在「特急ゆふいんの森」の乗客の半分以上は外国人旅行者であり、特にアジア圏からの利用者が多いという。海外の旅行会社からは「この列車に乗らずして日本の観光列車は語れない」と評価されることもある。長年変わらぬデザインとサービスが、結果として国境を越えたブランド価値を築いてきた。価格帯は、比較的手軽な設定で、高速バスよりは高いが、特別な観光列車の中では比較的利用しやすい。他の観光列車よりも若い世代の利用が多いことも特徴である。伊藤さんは「少し特別な空間を気負わずに楽しめる。その立ち位置が支持されている」と分析する。

「特急ゆふいんの森」は、単なる移動手段ではない。列車に乗ること自体が目的となり、旅の到着点への期待を少しずつ積み重ねていく。その豊かな時間の流れこそが、この列車が長く愛され続ける理由なのだろう。

By YANAGISAWA Miho
Photo: Kyushu Railway Company; KUSU-TOWN TOURISM ASSOCIATION

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