VOL.209 NOVEMBER 2025
ENJOYING JAPAN’S MARKETS 日本の市場の成り立ちと魅力

昔ながらの風情が残る岩手県盛岡もりおか市の「神子田みこだ朝市」の様子。
Photo: 山本志乃

新鮮な農水産物などを生産者から直接購入できる市場は、日本各地で開かれている。日本特有の市場文化の歴史や成り立ち、その魅力について民俗学研究者の山本やまもと 志乃しのさんに話を聴いた。


山本やまもと 志乃しのさん 
神奈川大学国際日本学部歴史民族学科教授。民俗学者。定期市や行商などに携わる人々の生活史や、旅の歴史、観光の変遷、交易にまつわる民俗学を専門とする。著書に「「市」に立つ―定期市の民俗誌―」、「行商列車―〈カンカン部隊〉を追いかけて―」など。

初めに「日本の市場」の特徴について教えてください。日本の市場はどのように発展してきたのでしょうか。また、海外の市場との共通点はありますでしょうか。

日本の場合、自然発生的に生まれたいちと、為政者いせいしゃが物流の拠点として定期的に設けた市がありました。「市」として歴史的な記録に残っているのは後者で、平城京1に置かれた官設の東市ひがしのいち西市にしのいちなどがその代表です。

自然発生的な市は人々の暮らしと同じくらい古くから存在していたとされます。浜辺や川のほとりといった水陸の接点、道の交差点、山と里の接点など、異なる環境に暮らす人々が互いの産物を持ち寄り、物の交換が起こることで自然発生的にいちが立ったと考えられています。こうした市は不定期に開かれ、やがて定着して町へと発展しました。市が交易の原点であり、都市の原型である点は世界的にも共通しているといえます。

また、日本の古い市の特徴としてあげられるのは、市に神を置くという点です。古い記録には海柘榴つば(椿)いち2阿斗桑市あとのくわいち3といった、樹木の名を冠した市が開かれていました。山形県山形市や福島県会津若松あいづわかまつ市では、大名(当時の領主)が市神を招いた石を置き、決まった日に市を開きました。その名残として、開催日にちなむ「七日町なぬかまち)」や「十日町」という地名が残っています。これらは自然神信仰に基づき、樹木や石などが神の依代よりしろ4の一つと考えられ、神を迎えて市を開いたとされています。「市」という言葉自体も神祭りを意味する「いつく」(神のもとにある、神に仕える)に由来すると、民俗学者の柳田やなぎだ 國男くにお5折口おりくち 信夫しのぶ6が指摘しています。市に神が必要とされたのは、物々交換の時代に公平で自由な取引を保証するためで、誰もが納得する神の判断を仰ぐことが大切だったからです。これは人々の知恵の表れでもあります。市神をまつって市を開く慣習は中世から近世まで続き、時には修験者しゅげんじゃ7が関わることもありました。

都市が大きくなるにつれて常設の商店が栄えるようになると、定期市の必要性は薄れ、正月(新年を祝う時期)など特別な市だけが続くようになりました。


会津若松あいづわかまつ市の初市はついち(毎年1月10日に開かれる市)でまつられている市神の様子。
Photo: 山本志乃

日本と海外の町の成り立ちには大きな違いがあります。ヨーロッパでは、広場の中央には教会が置かれ、そこから町が広がっていきました。一方、日本では道が公共性を持つ場所とされ、道沿いに家が並び、道が増えることで町が形成されていきました。しかしながら、どちらも町の発展を支える精神的な支柱として神を置いた点は共通しているように思います。

また日本では、古くから道は公共性のある場所、為政の空白地帯と考えられていたため自由な物のやりとりができる市が開かれる場所にもなりました。高知県高知市の「街路がいろいち」(参照:高知の暮らしに根付き受け継がれてきた歴史ある「街路市 」| November 2025 | HIGHLIGHTING Japan)はその典型的な例です。街路市のなかでも有名な日曜市は、高知城に通じる市道で開かれている定期市で、元は17世紀に藩主が定めた物流の拠点として始まり、変遷を経て現在まで賑わいを見せています。


高知市の「街路がいろいち」の様子。道路2車線に店が並ぶ。
Photo: 山本志乃

日本各地で見られる個性的な市場には、どのようなものがありますか。

日本は国土がそれほど大きくはないですが、地域ごとの多様性が際立っています。小さな盆地を中心に共同体が形成され、山を一つ越えると、言葉や食べ物、考え方までも変わるほどで、地域ごとの方言や風習が今も残っています。海外からは日本が均質な社会に見えるかもしれませんが、実際は多様な社会であり、それが現代まで続いている点も特徴です。こうした地域性は、市にも色濃く表れています。

例えば、岩手県盛岡もりおか市には、「神子田みこだ朝市」8があります。農家が数多く出店する地元向けの朝市ですが、海外から訪れる人々も楽しめる場所です。1968年に生産者が立ち売りといって、リアカー(小型の手押し荷車)で商品を持ち込み、その場で販売したことから始まり、1977年に現在の場所で屋根付きの形態となりました。年間約300日と長期間開かれているのも全国的に珍しく特徴的です。

神子田朝市では、古いストーブが今も大切に使われ、冬の早朝の暗い時間には、ストーブから煙が立ち昇り、出店者や来場者がその周りに集まって会話を交わすなど、昔ながらの風情が残っています。私自身も「温まっていきなさい」と声をかけられたことがあり、市ならではの温かい雰囲気を感じました。

市にはその時期にしか収穫できない野菜や、一般のスーパーマーケットでは出回らない、地元ならではの農産物が並びます。神子田朝市や秋田県の「五城目ごじょうめ9朝市」などの市がある東北地方10では、秋になると特に山菜やキノコ類を含む農産物が非常に豊かです。この地方では、山菜やキノコ類を保存食にするのが一般的で、生産者は保存食への加工の仕方やおいしい食べ方についても豊富な知識を持っています。神子田朝市では、ひっつみ11という東北ならではの料理を味わえたり、床屋で髪を切ったりすることもできます。多くの市が後継者不足や高齢化で衰退傾向にありますが、神子田朝市は熱意ある主催者の努力により出店者が増え、時代に合わせて変化しつつ、生産者を大切にしながら活気を保っています。


神子田朝市で食べられるひっつみ。
Photo: 山本志乃

同じ買い物でも、市場では心が躍るように感じます。それはなぜだとお考えですか。

市は、お店の人との一対一のやりとりが特徴です。農家や地元の人々、作り手が直接出店しているので、「どのように食べるのか」、「どのように作られたのか」などを店の人に尋ねてみることで、会話を通じて、その土地ならではの食材の扱い方や食文化に触れることができます。それぞれの市には、その土地ならではのルールや習わしがあります。市は基本的には地元の方の場なので、フリーマーケットのような値引き交渉をする場ではありません。ただ、お店の人と会話を重ねるうちにおまけをくれたり、お得な情報を教えてくれたりするかもしれません。こうしたルールを知り、その場の空気を感じながら買い物を楽しむことができるのも、市の魅力だと思います。


神子田みこだ朝市にて出店者のスペースでお茶をする人々の様子。
Photo: 山本志乃

また、市は日時が限定されていることも特徴です。先ほどの神子田朝市は常設の建屋がありますが、人が集まるのは朝の5時から8時までの時間に限られています。その短い時間に、売る側も買う側も一斉に集まります。神子田の常連客や出店者は、「固定化されない付き合いがいい」、「その場限りのゆるい繋がりがいい」と話していました。市のお茶屋では、出店者か来場者かわからないほど多くの人が集まり、お茶を飲み、会話を楽しみ、やがて何となく帰っていく、というような光景が見られます。高知の街路市でも、名前は知らなくてもよく買う品物を通じて互いをよく知っているという「市友達」がいるという話を聞きました。


高知市の街路市で店の人とやり取りをする客の様子。
Photo: 山本志乃

人付き合いの仕方は様々です。自分の居住地や商店街が、固定的で存在を維持するために密な人間関係が求められる場所であるのに対して市は、自分を縛ることのない自由な人付き合いができる場です。市のような緩やかな繋がりは、安心感を伴う心地よさを生み出していると考えられます。一元的ではない、多様な人との付き合い方、繋がり方を持っていることが、生きる上で大切です。市は生活必需品を買う場所であるだけでなく、緩やかで心地よい人付き合いが生まれる場であることが、地元に根付く市の魅力であり、市という商売の形は今後も普遍的だと考えています。

  • 1.  710年から784年まで天皇の住まいがあった都。この時代を奈良時代と呼ぶ。現在の奈良県奈良市周辺に建設された。
  • 2. 古代の市の一つ。椿との表記もある。現在の奈良県にあったとされる。
  • 3. 古代の市の一つ。現在の大阪府か奈良県にあったとされる。
  • 4. 神霊が出現するときの媒体。神霊が寄り付くもの。
  • 5. 1875年生まれ、1962年没。日本民俗学の創始者で思想家。官僚も務めた。
  • 6. 1887年生まれ、1953年没。民俗学者、国文学者。歌人、詩人でもあった。
  • 7. 山岳信仰を基盤とする日本独自の宗教、信仰形態である修験しゅげんどうの修行を行う者。
  • 8. 岩手県盛岡駅から車で10分の距離に位置する盛岡市神子田町で開かれている市。
  • 9. 秋田県南秋田郡五城目町で開催される朝市。秋田空港から車で約40分の距離に位置する。
  • 10. 本州の北にある地域で青森あおもり秋田、岩手、山形やまがた宮城みやぎ福島ふくしまの六つの県で構成。
  • 11. 水でこねた小麦粉の生地を手で引きちぎって煮る具が沢山入った汁物。青森県南部から岩手県北部に伝わる郷土料理。

By TANAKA Nozomi
Photo: YAMAMOTO Shino

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