VOL.209 NOVEMBER 2025
ENJOYING JAPAN’S MARKETS [日本の技術―次代を担う若手たち]海洋生態系の変化を知り自然との共生を考える

美しいサンゴ礁生態系。サンゴ礁にはさまざまな海洋生物が生息している。
Photo: YASUDA Nina

地球の表面積の7割を占める海は人間のみならず生物の暮らしに欠かせない資源である。一方で、陸上で暮らしていると、地球温暖化の影響によって実際に海の中がどのようになっているのか、海洋生態系がどう変化しているのかに目を向ける機会は少ないのが現状だ。海洋生物の調査研究に取り組む安田やすだ 仁奈にな氏に、今、海の中で起きている生態系の変化を解き明かし、海洋資源を見守っていくことの重要性について話を聴いた。

海は気候変動の緩和に重要な役割を果たすとともに、未知なる生物多様性と水産資源の宝庫である。中でもサンゴ礁は、命名されている海洋生物種の約3割が関与する重要な場所であると、東京大学生物大学院農学生命科学科で海洋生物の調査研究に携わる安田 仁奈教授は言う。安田氏はオニヒトデ1に着目してサンゴ礁に生息する海洋生物の現状を調査研究しており、「統合的アプローチによるサンゴ礁生態系を中心とした海洋生態系の保全に関する研究」で第21回(2024年度)の日本学術振興会賞(同賞については囲みを参照)を受賞するなど、高い評価を受けている。

安田氏によれば、地球上のサンゴ礁は1950年代に比べ半減しており、その生物学的な最大の要因はオニヒトデなどのサンゴ捕食生物によるものだという。安田氏はオニヒトデの大量発生が次々と異なる海域に伝播でんぱしていく謎を解き明かそうと、世界で初めてオニヒトデの幼生を野外で採取して同定2することに成功するとともに、南西諸島を含むインド‐太平洋各地のオニヒトデ集団の遺伝子型を解析することで主に黒潮3などの西岸境界流が流れる海域では、オニヒトデの大量発生が幼生分散によって伝播しやすいことを明らかにした。そして、日本国内の過去100年の大量発生の歴史的なパターンから、オニヒトデの幼生は主に海流に乗って100km離れた場所まで分散し二次発生することもわかったという。この遺伝子解析の技術はミドリイシなどの造礁サンゴ4及び宝石サンゴ5の調査にも応用され、形態がそっくりで同じ海域に生息するサンゴの中には、実は多くの別種が混ざっており、それらの生殖時期が異なることなども明らかにした。サンゴがどのように種分化してきたのかの一端が明らかになったのだ。


サンゴを捕食するオニヒトデの様子。
Photo: YASUDA Nina

国立環境研究所の山野やまの 博哉ひろや氏らの調査によると過去約80年の西太平洋のサンゴの分布を調べると、一部のサンゴ種が極域方向(北東・北西)に移動していると考えられるという。戦前は多くのサンゴの生息北限が日本の和歌山県沖辺りとされてきたのが、近年では北東は神奈川県や千葉県の沖で、北西は五島列島や対馬まで生息が確認されるようになった(図1参照)。地球温暖化による海水温の上昇がサンゴの北上の一因と言われている。一方サンゴだけではなく、魚類やその他の棘皮きょくひ動物、サンゴを捕食するオニヒトデの生息域もサンゴと同様に北上していることが分かっている。

「海に限らず生態系は常に変化し続けており、ずっと同じということはなく、また、ある一定以上のストレスがかかってサンゴが死滅すると、生態系の基盤種自体が大きくかわってしまうため、その後ストレスを軽減しても生態系が完全に元通りになるのは不可能です。しかし、サンゴは温帯に子孫を移動させることで生き残ろうとしているのかもしれません。日本の近海では通常の二倍のスピードでサンゴの白化6が進んでいると言われており、それは地球温暖化だけではなく人間の生活によって引き起こされる海洋汚染にも要因があると思われます。実際に海に潜って定期的な調査を行い、変わりゆく海洋環境をしっかりと把握し発信していくこと、そして海洋資源をどう守って人間側がどのよう変わりゆく海洋生態系に合わせて共生していくかを常に意識することが大切だと考えます」と安田氏は語る。

海の中で起きていることは決して他人事ではない。我々の暮らしに様々な恵みをもたらす海という資源と今後も共生し続けるために、普段の自分の行動が海にどんな影響を及ぼすのかをよく考えて行動したい。

説明:
クシハダミドリイシとよばれるサンゴの分布を調べると、1980年代から年を経るごとに北の地域でサンゴの生息が確認された。黄色円は北西、赤円は北東に新たに生息が確認された箇所。現在では神奈川県や千葉県の沖までサンゴが北上してきているという。

図1: 日本近海のサンゴ(クシハダミドリイシ)の分布の変化
安田氏提供の資料より作成

図2: 日本近海のサンゴの遺伝子型の分布
安田氏提供の資料より作成

日本学術振興会賞について
日本学術振興会賞は、日本の学術研究の水準を世界のトップレベルへと発展させることを目的とし、創造性に富み優れた研究能力を有する若手研究者を早い段階から顕彰しその研究意欲を高め、研究の発展を支援していくために、日本学術振興会7により2004年度に創設された。詳細は日本学術振興会賞ホームページ参照。

  • 1. 体表に棘をもつ棘皮きょくひ動物の一種で輻長ふくちょう15-30cmほどの大型のヒトデ。サンゴ礁に生息し、幼生は植物プランクトンを餌とし、成体はサンゴを餌とする。数年に一度大発生することがあり、サンゴ減少の一因とされる。
  • 2. 未知の動植物や微生物などをそれまでの資料と照合し種名を特定すること。
  • 3. 日本近海を南から北東へ向けて流れる暖流。日本海流とも呼ばれる。
  • 4. 硬い石灰質の骨格を持ち、比較的成長が早く群生してサンゴ礁を形成する。水深30m程度までの浅い海に生息する。
  • 5. 赤や白の非常に硬い骨格を持ち、水深100m以上の深海に生息する。その名の通り宝飾品などに利用される。
  • 6. サンゴは通常、褐中藻かっちゅうもという植物と共生し栄養を補い合っているが、海水温の上昇や排水流入による富栄養化などで褐中藻の生み出す活性酸素が多くなると、褐中藻をサンゴの外へと追い出してしまう。褐中藻がいなくなったサンゴは白くなり、この状態が長く続くとサンゴは栄養不良で死滅する。
  • 7. 日本学術振興会は、昭和7(1932)年に昭和天皇の御下賜金を基金として創設された、学術の振興を目的とする日本で唯一の独立した資金配分機関。学術研究の助成、研究者の養成、学術に関する国際交流の促進、大学改革の支援など多岐にわたる事業を行っている。

By FUKUDA Mitsuhiro
Photo: YASUDA Nina

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