VOL.197 OCTOBER 2024
JAPAN’S HEALING FORESTS (PART 2)
Autumn Forests with Colorful Leaves
[私が伝えたい日本(日本人インフルエンサー)]観音菩薩の慈悲の心に触れ、眺望を楽しむ「西国三十三所観音巡礼」

名草山の西山腹に所在する紀三井寺境内。左が本堂、中央やや右よりが多宝塔。(和歌山県和歌山市)
Photo: ISHIZAWA Yoji
大阪観光大学教授で、庭園史や文化遺産保全が専門の小野健吉さん。今月号では、小野さんに日本の趣を感じる旅として、西国三十三所観音巡礼について語ってもらった。
観光的な旅の起源の一つとされるのが信仰する宗教の聖地を訪ねる巡礼です。日本には6世紀に朝鮮半島から仏教が伝えられました。その後最初に行われた巡礼が、観音菩薩を祀った仏教寺院や仏堂を廻る西国三十三所観音巡礼です。その始まりは8世紀とも言われますが、仏僧が三十三所の霊場を巡るようになるのは11世紀から12世紀頃。さらに、和歌山県の青岸渡寺を第一番として大阪・奈良・京都・兵庫・滋賀の各府県の寺院を廻り、岐阜県にある華厳寺を最後の第三十三番とする現在の順序での巡礼が広まるのは15世紀頃です。
観音菩薩は、「慈悲の心」を持ち、姿を変えながらこの世の生きとし生けるもの全てを救う仏様です。経典等の記述によれば、その居所の補陀洛山は海から屹立する山あるいは海岸近くの山とされます。西国三十三所の寺院が山の中腹等に多く立地するのはこのためです。ここでは、第二番の紀三井寺(和歌山市)と第三十番の宝厳寺(滋賀県長浜市)を紹介しましょう。

Photo: ISHIZAWA Yoji
紀三井寺は8世紀の創建と伝える寺院です。本尊は十一面観音*ですが、通常は拝観できない秘仏です。標高228.7メートルの名草山の西の山腹に造成され本堂や鐘楼などが建つ境内は、8世紀の歌集「万葉集」にも詠われた景勝地・和歌浦を西に見下ろす眺望絶佳の地で、桜の名所としても知られています。また、参道脇などに三箇所の湧水があり、こうした立地や湧水は補陀洛山のイメージによく合致します。

Photo: ISHIZAWA Yoji
宝厳寺も8世紀の創建と伝える寺院です。本堂には本尊の弁才天**、観音堂には千手観音***が祀られています。この千手観音も秘仏です。特筆すべきは、日本最大の湖・琵琶湖に浮かぶ竹生島に建つその立地です。これは海上に屹立する山という補陀洛山のイメージそのものであり、境内からは琵琶湖の素晴らしい景色が堪能できます。

Photo: 小野健吉

Photo: ISHIZAWA Yoji
西国三十三所には、ほかに像高10mの十一面観音を祀る長谷寺(奈良県桜井市)、落差33メートルの箕面大滝に近い山寺の勝尾寺(大阪府箕面市)、日本最初の観音霊場と伝える中山寺(兵庫県宝塚市)、天橋立****を一望する成相寺(京都府宮津市)などの素晴らしい寺院が数多くあります。観音菩薩の慈悲の心に触れ、そこにしかない眺望が楽しめる西国三十三所観音巡礼は、日本の趣を深く感じることのできる旅なのです。

<参考>本記事中の寺院の場所

小野健吉
大阪観光大学教授。奈良文化財研究所名誉研究員。博士(農学)(京都大学)。主著として「岩波日本庭園辞典」(岩波書店、2004年)、「日本庭園―空間の美の歴史」(岩波新書/岩波書店、2009年)、「日本庭園の歴史と文化」(吉川弘文館、2015年)がある。日本庭園や観光について各地で講演している。![]()
* 観音菩薩の一つの姿。仏像では一般に正面の顔の頭部に十面又は十一面の顔を置く。
** 元来はインドの聖なる河の化身で、その偉大さを神格化した豊饒の神であったが、やがて日本に招来すると、技芸の神、特に音楽の神として崇められた。
*** 観音菩薩の一つの姿。衆生を救うために千の手を持ち、各手に1眼があるとされ、広大無辺の慈悲を象徴するという。
**** 全長約3.6㎞の砂洲に松が生い茂る景勝地。松島(宮城県)、宮島(広島県)と合わせて「日本三景」と称される。
By ONO Kenkichi
Photo: ISHIZAWA Yoji; ONO Kenkichi

