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メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.37(平成26年(2014年)6月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。
「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

まずは、初夏の早朝を詠んだ歌を一首。

ほととぎす なきつるかたをながむれば ただありあけの つきぞのこれる

ほととぎす 鳴きつる方をながむれば ただ有明の 月ぞ残れる

詠み人 後徳大寺左大臣

この歌は、「ほととぎすの鳴き声がした方角を見てみたが、ほととぎすの姿は見当たらない。空には明け方の月が見えるばかりだ」という意味です。
「ほととぎす」は3月から5月にかけて日本にやってくる渡り鳥で、初夏を告げる鳥として、歌によく詠まれています。「ありあけのつき」とは、夜が明ける頃になっても、空に残っている月のことです。姿は見えず、声だけが聞こえる「ほととぎす」と、空にぽっかりと浮かぶ「有明の月」は、初夏の夜明けの寂しさを、見事に表現しているのではないでしょうか。
作者の後徳大寺左大臣は、藤原実定といい、百人一首をまとめた藤原定家のいとこに当たります。和歌や楽器を奏でることに優れ、教養豊かな文化人だったと伝えられています。

では、もう一度、お聞きください。

ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる

続いて、恋人との再会を望む歌を一首。

せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あわんとぞおもう

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢わんとぞ思う

詠み人 崇徳院

この歌は、「川の流れが速くて、岩にせきとめられた水の流れが、2つに分かれても、また再び1つの流れになるように、いつの日かもう一度あなたに会いたいものだ」という意味です。
「瀬をはやみ」の「瀬」とは川の浅瀬のことです。「岩にせかるる」は「岩に堰き止められる」を意味しており、「滝川の」までの上の句は、「われても」を導きだすための序詞で、恋人との別れを、川の流れにたとえています。
詠み人の崇徳院は、第74代鳥羽天皇の第一皇子であり、第75代天皇です。しかし実の父は、鳥羽天皇ではなく、祖父の白河天皇だと言われています。皇位継承をめぐる争いなどで起きた保元の乱に敗れ、罪人として讃岐の国、今の香川県に流されました。京の都へ帰ることも許されないまま、讃岐の国で悲運の生涯を閉じました。
ダイナミックな川の流れから、激しい恋の歌と想像されますが、このような作者の背景を知ると、悲劇的な運命からの脱却を願う、強い決意のようにも聞こえてきますね。

 では、もう一度お聞きください。

せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あわんとぞおもう

(エンディング)
いかがでしたか。今回は、初夏の早朝を詠んだ歌と、恋人との再会を望む歌の2首、ご紹介しました。梅雨にぬれ、草花がひときわ色濃くなるこの季節に、古の人の詠んだ歌に触れ、今も昔も変わらぬ人の心に思いを馳せてみませんか。

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