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メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.40(平成26年(2014年)11月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。
「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

まずは、晩秋の紅葉を詠んだ歌を一首。

おぐらやま みねのもみぢば こころあらば
いまひとたびの みゆきまたなん

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなん

詠み人 貞信公(ていしんこう)

この歌は、「小倉山を彩るもみじよ。お前に心があるならば、もう一度、帝の行幸があるその日まで、色褪せずに散らずにいてくれないか」という意味です。
宇多上皇が小倉山の美しい紅葉の眺めに感嘆され、「息子の醍醐天皇にも、この紅葉を見せてあげたい」と言われたことを受けて、作者の貞信公が、紅葉に向かって即興で詠んだ歌と言われています。
貞信公は、本名を藤原忠平といいます。忠平は兄の藤原時平亡き後、藤原氏の長となり、藤原氏全盛の基盤を作りました。温厚勤勉な人柄に豪胆な一面を合わせもった人といわれており、平安時代後期の歴史物語である『大鏡』には、忠平が宮中で鬼を追い払った話が収められています。
では、もう一度、お聞きください。

おぐらやま みねのもみぢば こころあらば
いまひとたびの みゆきまたなん

続いて、人生を詠んだ歌を一首。

これやこの ゆくもかえるも わかれては
しるもしらぬも あふさかのせき

これやこの 行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関

詠み人 蝉丸(せみまる)

この歌は、「これがあの、京の都から出て行く人も、京の都へ帰る人も、知り合いも知らない他人もみんなここで別れ、そしてここで出逢うという、有名なあふ坂の関なのですね」という意味です。
「あふ坂の関」とは、現在の京都府と滋賀県の境にあった関所であり、京都から東へ抜ける交通の要衝でした。
「あふ坂」は、「あふ坂」と書き、「逢ふ」との掛詞になっていて、当時の人々が行き交う場であったことを示しています。「これやこの」、「ゆくもかえるも」、「しるもしらぬも」などの対句を畳み掛ける詠み方は、さまざまな出会いと別れを延々と繰り返す人生の縮図を、あふ坂の関と重ねて見ているようですね。また、この歌は人生という重苦しくなりがちなテーマを軽やかに詠み上げており、口ずさみたくなるようなリズムが特徴です。
作者の蝉丸は謎の多い人物で、醍醐天皇の第四皇子だという説や、あふ坂の関の近くに住んでいた盲目の琵琶の名人という説などが残されています。
それでは、もう一度、お聞きください。

これやこの ゆくもかえるも わかれては
しるもしらぬも あふさかのせき

(エンディング)

いかがでしたか。年の瀬に1年を振り返り、小倉百人一首の中に自分の心境と共感する歌を探してみるのもおもしろいですね。

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