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メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.42(平成27年(2015年)3月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。
「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

まずは、恋へのあこがれを詠んだ歌を一首。

みかのはら わきてながるる いずみがわ
いつみきとてか こいしかるらん

みかの原 わきて流るる 泉川
いつみきとてか 恋しかるらむ

詠み人 中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)

この歌は、「みかの原を分けて湧き流れる泉川の「いづみ」という言葉ではないけれども、あなたに、いつお会いして、こんなにも恋しくなったのでしょうか。一度も逢ったことがないのに」という意味です。
泉川は京都南部を流れる木津川で、みかの原は、その北側の岸一帯を指します。「わきて」は、泉が「湧く」と、男女の仲を「分ける」の掛詞になっています。この「湧きて」が泉川の「いづみ」を導き、歌に爽やかさを加えています。
当時は、身分の高い女性と会う機会がほとんどなかったことから、男性は、女性の噂を頼りに、和歌を贈り、返ってきた歌の詠みぶりや筆跡、紙や薫りなどで女性の様子を想像して、想いを募らせていたようです。この歌もそのような状況を歌ったのではないかと言われています。
作者の中納言兼輔は、三十六歌仙の一人で、『源氏物語』の作者である紫式部の曾祖父にあたります。温厚な人柄で面倒見がよく、紀貫之ら多くの歌人たちと交流があり、10世紀頃の歌の世界では、中心的存在だったといわれています。
それでは、もう一度、お聞きください。

みかのはら わきてながるる いづみがわ
いつみきとてか こいしかるらん

続いて、軽妙な恋の歌を一首。

はるのよの ゆめばかりなるたまくらに 
かいなくたたん なこそおしけれ

春の夜の 夢ばかりなる手枕に
かいなくたたん 名こそ惜しけれ

詠み人 周防内侍(すおうのないし)

この歌は、「短い春の夜の夢のようにはかなく、たわむれに差し出されたあなたの腕枕を借りて、つまらない噂がたってしまったら、悔しいではありませんか」という意味です。
作者の周防内侍は、周防守平棟仲の娘で、11世紀半ばから、4人の天皇に仕えました。この歌が詠まれたのには、こんな背景があったようです。二条院のもとで親しい人達が夜通しおしゃべりをしていたとき、周防内侍が眠くなり、「枕が欲しい」とつぶやきました。それを聞いた大納言・藤原忠家が「これを枕代わりに」と、からかって自分の腕を簾の下から差し出します。この振舞を、おどけながら軽くあしらうために詠んだ歌だと言われていますが、機転の利いた表現に、周囲は笑いと感嘆の声に包まれたのではないでしょうか。
それでは、もう一度、お聞きください。

はるのよの ゆめばかりなるたまくらに 
かいなくたたん なこそおしけれ

(エンディング)

いかがでしたか。花の便りが届き心弾む季節となりました。昔の人の歌に触れ、今と変わらない人の心の機微を味わってみませんか。

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