メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.48(平成28年(2016年)3月発行)

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トラックナンバー6

(タイトル)小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)
このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。
「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)
今号では、960年に、宮中の歌合で読まれた歌、2首を紹介します。この頃の歌合は、当時の一流歌人が左右のチームに分かれ、同じお題で歌を詠みます。一番ごとに勝敗があり、勝ち数の多いチームが勝者となります。このときの歌合は、右が勝つと左が勝ち、お互い一歩も譲らず、後に伝説として語られるほど白熱したと言われています。いよいよチームの勝敗がかかった最後の対決で、平兼盛(たいらのかねもり)と壬生忠見(みぶのただみ)に出されたお題は「忍ぶ恋」です。

まずは、平兼盛の歌です。

しのぶれど いろにいでにけり わがこひは
ものやおもふと ひとのとふまで

忍ぶれど いろに出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで

この歌は、「ずっと隠してきた恋心ですが、とうとう顔に出てしまうほどになったようです。『恋わずらいでもしているのですか』と人に聞かれるほどに」という意味です。平兼盛は光孝天皇の玄孫で、10世紀の代表的歌人のひとりで、多くの歌合に参加しています。

続いては、壬生忠見の歌です。

こひすてふ わがなはまだき たちにけり
ひとしれずこそ おもひそめしか

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか

この歌は、「私が恋に悩んでいるといううわさが立っています。誰にも知られずに思い始めたばかりの恋なのに」という意味です。壬生忠見は貧しい家の出で、地方の下級官吏ですが、歌人としての誉れ高い人でした。

さて、この2首、どちらが勝ったと思いますか? 審判は左右どちらにも優劣つけがたく、引き分けにしようとしますが、周囲はそれをゆるしません。そこで、そっと天皇のご様子を伺うと、天皇は小さな声で「忍ぶれど…」と口ずさんでいます。審判はこれを天皇のご意志と考え、兼盛の歌を勝ちとしました。兼盛のチームはこの知らせを聞き、踊りながら会場を後にしました。一方、忠見は、渾身の力を込めた自信作が敗れたことにショックを受け、その後は食がのどを通らず、病気になったとも言われています。

この判定については、天皇がはっきりと勝者を口にしていないことから疑問の声が途切れず、現代においてもどちらの歌が優れているか、議論の的になっています。
それでは、もう一度、2首を聞いてみましょう。

しのぶれど いろにいでにけり わがこひは
ものやおもふと ひとのとふまで

こひすてふ わがなはまだき たちにけり
ひとしれずこそ おもひそめしか

(エンディング)
いかがでしたか? 今回は平安時代の歌合の歌を紹介しました。平安の雅な世界を舞台とする歌にも、現在の私たちと似た感情が息づいていますね。皆さんも、日本の文化である和歌を楽しんでみませんか。

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