メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.52(平成28年(2016年)11月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)
このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)
小倉百人一首には、東は宮城県から西は鳥取県まで様々な場所が登場します。その多くは、奈良県や京都府などの都を舞台とした歌で、都以外の場所が舞台として登場する歌はそれほど多くありません。今回は、都から少し離れた兵庫県が舞台となった歌を紹介します。

まずは、兵庫県神戸市にある「有馬」を舞台にした、大弐三位の歌です。

ありまやま いなのささはら かぜふけば
いでそよひとを わすれやはする

有馬山 ゐなのささ原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする

大弐三位こと藤原賢子は、紫式部の娘で、母とともに一条天皇の皇后である彰子に仕えていました。
この歌は、しばらく会わなかった恋人からの「私のことを忘れたのではないでしょうね」という手紙に対する返しの歌です。
「有馬山の近くの猪名の笹原に風が吹けば、そよそよと音がするでしょう。そうよ、どうして、私があなたのことを忘れたりするでしょうか」という思いを詠んでいます。
有馬山の近くにある有馬温泉は、日本に残る最も古い歴史書である日本書紀にも出てくるほど、昔から有名な場所です。「ゐなのささ原」の「ゐな」は、有馬山の南東を流れる猪名川のことで、「有馬」と「ゐな」は、肯定を意味する「あり」と否定を意味する「いな」との対として使われており、「いでそよ」の「そよ」は、笹が揺れる「そよそよ」という音と、男性への返事としての「そうよ」という二つの意味を含ませた「掛詞」になっています。
それではもう一度聞いてみましょう。

ありまやま いなのささはら かぜふけば
いでそよひとを わすれやはする

続いては、兵庫県神戸市にある「須磨」を舞台にした、源兼昌の歌です。

あはぢしま かようちどりの なくこえに
いくよねざめぬ すまのせきもり

淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 
いくよ寝覚めぬ 須磨の関守

源兼昌は、平安時代の中期から後期に活躍した歌人です。
須磨は歴史的にも有名な地で、紫式部が書いた長編小説である源氏物語の「須磨」の巻で、光源氏が都から追放されて落ち着いた場所として登場します。この一説から、寂しい、もの悲しい場所として知られる須磨を舞台にこの歌を詠んだと言われています。
「淡路島を行き来する千鳥がもの悲しげに鳴く声を聞いて、いったい幾夜目を覚ましたことだろうか。須磨の関守もこの声にきっと眠りを破られたことだろう」という意味で、「須磨の関守」とは、須磨の関所を守る番人のこと。一人寝の寂しさとともに、関所の番人の気持ちにも思いをはせている歌です。
それではもう一度聞いてみましょう。

あはぢしま かようちどりの なくこえに
いくよねざめぬ すまのせきもり

(エンディング)
いかがでしたか。有馬は、今では年間170万人以上が訪れる観光地として多くの人に愛され、風光明媚な須磨の海岸は、関西有数の海水浴場として毎年にぎわいます。また、神戸市と淡路島を結ぶ明石海峡大橋は長さおよそ3.9キロに及び、壮大な景観を楽しめるスポットとして人々を魅了しています。今回、ご紹介した2つの歌が詠まれた当時、その舞台が、将来このように変貌するとは思いもしなかったでしょうね。
皆さんも、和歌を通じて、今と昔の風景の変わりようを思い浮かべてみませんか。

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