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メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol.53(平成29年(2017年)1月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)
このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介します。
「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)
小倉百人一首は、当時の和歌集から100首を選んでいますが、一番多く選ばれた和歌集は古今和歌集で、24首も収録されています。古今和歌集は最も古い勅撰和歌集で、平安時代に醍醐天皇の命により編纂されました。今回は、その中から、醍醐天皇から、特に和歌の才能を認められていた凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)、壬生忠岑(みぶのただみね)の2人の歌をご紹介します。

はじめに、凡河内躬恒の歌です。

こころあてに おらばやおらむ はつしもの 
おきまどはせる しらぎくのはな

心あてに 折らばや折らむ 初霜の 
おきまどはせる 白菊の花

この歌は、「折るならば、あてずっぽうに折ってみようか。真っ白な初霜が一面に降りて、霜の白さか菊の白さか見分けがつかなくなっている白菊の花を」という意味です。その年初めて降りた霜の白さと、菊の白さを混ぜ合わせて、目もくらむほどの純白の世界が広がっている。冬の早朝のしんと澄み切った空気を感じられそうですね。
躬恒は、ある半月の夜、醍醐天皇から「あの月を弓張りというのはなぜか。歌で答えてみよ」と問われた時に、「照る月を 弓はりとしも いふことは 山べをさして いればなりけり」と即興で詠みました。これは、「照っている半月を弓張りというのは、山に向かって弓を射るのと同じように、月が山のほうに沈んでいくからです」という内容です。このように躬恒は即興で歌を詠むのを得意としていたと言われています。
それではもう一度聞いてみましょう。

こころあてに おらばやおらむ はつしもの 
おきまどはせる しらぎくのはな

続いては、壬生忠岑の歌です。

ありあけの つれなくみえし わかれより 
あかつきばかり うきものはなし

有明の つれなく見えし 別れより 
暁ばかり 憂きものはなし

この歌は、「夜明け前の有明の月が、明け方の空に光っていたときの、あなたとの冷たくそっけない別れ。それ以来、私にとって夜明けの暁ほど、つらく悲しいものはありません」という意味です。愛する人と別れたときに見上げた夜明け前の月が、煌々と光っていた。それからというもの、暁の月を見るたびに、その恋の終わりを思い出してしまうなんて切ないですね。
この歌は醍醐天皇に気に入られ、壬生忠岑は、天皇の住まいである御殿の、身分の高い役人でなければ入ることができない部屋に特別に入ることが認められました。
それではもう一度聞いてみましょう。

ありあけの つれなくみえし わかれより 
あかつきばかり うきものはなし

古今和歌集は、913年ごろに完成し、醍醐天皇に献上されました。選んだ和歌はおよそ1100首。その中には、130人ほどの歌人による季節の歌、恋の歌、別れの気持ちを読んだ歌、旅の気持ちを読んだ歌が収められています。
皆さんも、和歌を通じて、当時の人の想いを感じてみませんか。

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