メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol60(平成30年(2018年)3月発行)

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トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

 このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介しています。
 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

 今回は、桜の花を詠んだ歌2首を紹介します。まずは、大僧正行尊(だいそうじょうぎょうそん)の歌です。

もろともに あはれとおもへ やまざくら
はなよりほかに しるひともなし

もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし

 この歌は、「奥深い山の中に、可憐な山桜が人知れず咲いている。私もこの山奥に一人ぼっちでいる。桜よ、私にはあなた以外に懐かしむ人もいない。だから、あなたも私のことを愛しいと思っておくれ」という意味です。この歌の「知る」とは、「理解する」という意味で用いられています。作者は山中での厳しい修業のさなか、ふと目の前に桜の花を見つけたのでしょう。その驚きと喜びで、思わず桜を擬人化して声をかけています。
 この歌は、作者が奈良県吉野郡にある大峰山(おおみねさん)で修業していたときに詠んだものですが、当時、大峰山は厳しい修行を行う場として知られていました。修行に明け暮れる孤独な自分と、誰にも知られることなくひっそりと咲き誇る桜とを重ね合わせて詠んだのでしょう。
 作者の大僧正行尊は、これらの修業の成果か、霊力で人々の病を癒したとされ、鳥羽天皇の夫人に憑(と)りついた物の怪(け)を退治したというエピソードがあります。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

もろともに あはれとおもへ やまざくら
はなよりほかに しるひともなし

 続いては、前中納言匡房(さきのちゅうなごんまさふさ)の歌です。

たかさごの をのへのさくら さきにけり
とやまのかすみ たたずもあらなむ

高砂の 尾上の桜 咲きにけり
外山の霞 立たずもあらなむ

 この歌は、「はるかに見渡せば高い山の峰に桜が咲いている。霞よ、桜を隠さないために、どうか現れないでくれ」という意味です。
 「高砂」は高い山や向こうに見える山の峰を指し、「外山(とやま)」は人里に近い山のことです。桜は人里に近いほうから深い山へと咲いていきますが、向こうの山の峰の桜がようやく咲く頃には、里には春の訪れを告げる霞が立って、せっかくの山桜を隠してしまいます。こちらの歌の作者は、遠くの桜を眺めて、霞を擬人化し、桜を隠さないよう頼んでいます。
 作者の前中納言匡房は、幼い頃より秀才のほまれ高く「神童」と称されていました。漢文や詩文のたしなみも深く、菅原道真と比較されることもありました。この歌も、春の情景をシンプルに詠んでいますが、遠くの山と近くの霞との距離の遠近を巧みに取り入れています。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

たかさごの おのへのさくら さきにけり
とやまのかすみ たたずもあらなむ

(エンディング)

 いかがでしたか? 今も昔も私たち日本人にとって、桜は特別な花です。春の訪れを告げるとともに心をなぐさめたり、元気づけたりします。昔の人が見る情景とそのときの心情に共感できるのも、百人一首の楽しさです。皆さんもどうぞ、春の歌を楽しんでみてください。

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