メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol62(平成30年(2018年)7月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
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トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

 このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介しています。
 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家(ふじわらのていか)によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

 まずは、藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)の歌です。

かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ
さしもしらじな もゆるおもひを

かくとだに えやはいぶきの さしも草
さしも知らじな もゆる思ひを

 この歌は、「あなたを恋慕っていると口に出して言えないので、伊吹山のさしも草のように、くすぶって燃える私の恋心を、あなたは知るはずもないでしょう」という意味です。
 この歌には、たくさんの技巧が織り込まれています。「いぶき」は「言う」と「伊吹山」、「思ひ」は送りがなをひらがなの「ひ」と表記して、火鉢などの「火」と掛けています。そして、「燃ゆる」と「思ひ」の「ひ」は「さしも草」を連想させる縁語となっています。さしも草は、お灸に使われるもぐさのことで、伊吹山はもぐさの名産地として知られていました。こんなに技巧を凝らした歌ですが、なんと、作者が初めて女性に贈った歌というから驚きです。
 作者の藤原実方朝臣は、宮中の貴公子として女性に人気がありました。家集に『実方朝臣集』があり、交流のあった清少納言との恋歌も書き記されています。華やかな宮廷生活を送っていた実方ですが、宮中である貴族と喧嘩になり、相手の冠を庭に投げつけてしまい、陸奥に左遷となりました。そして、その地で生涯を閉じました。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ
さしもしらじな もゆるおもひを

 続いては、源重之(みなもとのしげゆき)の歌です。

かぜをいたみ いはうつなみの おのれのみ
くだけてものを おもふころかな

風をいたみ 岩うつ浪の おのれのみ
くだけてものを 思ふ頃かな

 「風が激しくて、岩にぶつかる波が砕けるように、私の心も思い乱れています」という意味で、こちらも片思いの歌です。美しい調べと秘めた情熱が感じられ、古くから人気のある歌です。
 この歌は、決して動じない岩を恋の相手に、その岩に打ちつけ砕け散る波を自分にたとえており、技巧を凝らした歌のなかでも、比喩の斬新さが優れていると言われています。しぶきを上げて波が砕け散る音が聞こえてきそうなほど、情景がそのまま詠みこまれていますね。「くだけてものを思ふ頃かな」という表現は、平安時代によく使われた、恋の悩みの決まり文句です。
 作者の源重之は清和天皇のひ孫で、清和源氏(せいわげんじ)と言われる血筋の人です。歌の名手で三十六歌仙の一人にも選ばれており、先ほど紹介した藤原実方朝臣と親交があったと言われています。若い頃は、東宮を警備する人たちの長である帯刀先生(たちわきせんじょう)という役職を務め、九州から東北まで全国各地に赴任し、旅の歌や自身の不遇を嘆く歌を詠んでいます。

 それでは、もう一度聞いてみましょう。

かぜをいたみ いはうつなみの おのれのみ
くだけてものを おもふころかな

(エンディング)

 いかがでしたか? 恋の悩みのやるせない思い、現代の私たちと同じですね。夏の夜にしみじみと、百人一首の世界に親しんでみてはいかがでしょう。

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