メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol64(平成30年(2018年)11月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
前のトラックへ 目次へ 次のトラックへ

トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

 このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回2首ご紹介しています。
 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家(ふじわらのていか)によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

 まずは、平安時代前期から中期にかけての人、源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)の歌です。

やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける
ひとめもくさも かれぬとおもへば

山里は 冬ぞ寂しさ まさりける
人目も草も かれぬと思へば

 この歌は、「山里は、どの季節も寂しいけれども、冬はとりわけ寂しさを感じる。人の訪れもなく、草木も枯れてしまうと思うと」という意味です。
 都のように人が多く華やかな場所ではなく、また、冬を迎えたことで、草木の緑もなく冷たい風に吹かれる山里のようすを歌っており、孤独感を深めています。そこには、天皇の孫として生まれながらも家臣の身分に落とされ、出世に恵まれることのなかった作者、源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)の姿を重ねみることができるようです。自らの境遇を嘆く作者の心情が、この歌には込められているのかもしれません。
 一方で、歌人としての評価は高く、平安時代の和歌の名人として「三十六歌仙(さんじゅうろっかせん)」の1人に選ばれています。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける
ひとめもくさも かれぬとおもへば

 続いては、平安時代中期の人、藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)の歌です。

あけぬれば くるるものとは しりながら
なほうらめしき あさぼらけかな

明けぬれば 暮るるものとは 知りながら
なほ恨めしき 朝ぼらけかな

 この歌は、「夜が明けると、また日が暮れて夜になるとはわかっていても、やはり夜明けというのは恨めしいものだ」という意味です。
 平安時代の貴族の恋愛は、男性が女性のもとに通うことが一般的でした。夜に女性のもとを訪れた男性が、朝になって帰らねばならず、次の夜にまた会えることはわかっていても、なお残念に思う気持ちを歌っています。別れの切なさを歌いつつも、そこからは悲しみというよりは女性への愛おしさが強く感じられます。
 作者の藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)は、和歌の才能に恵まれ多くの歌を残しており、朝廷内でも順調に昇進しました。しかし、西暦994年、23歳という若さで、当時流行していた天然痘によって帰らぬ人となりました。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

あけぬれば くるるものとは しりながら
なほうらめしき あさぼらけかな

(エンディング)

いかがでしたか?私たちも、冬に寂しさを感じたり、恋しい異性との別れ際に切なさを感じたりすることがあるでしょう。昔も今も、感じ方は同じです。しみじみと、百人一首の世界観を味わってみてください。

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
前のトラックへ 目次へ 次のトラックへ