メディア別の政府広報

内閣府大臣官房政府広報室が企画・制作した各種広報をメディア別に紹介しています。

音声広報CD「明日への声」

vol69(令和元年(2019年)9月発行)

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
前のトラックへ 目次へ 次のトラックへ

トラックナンバー6

(タイトル)
小倉百人一首を楽しむ

(イントロダクション)

 このコーナーでは、かるたとして古くから親しまれ、学校の教材としても使われることが多い「小倉百人一首」について、毎回二首ご紹介しています。
 「小倉百人一首」は、鎌倉時代の歌人、藤原定家(ふじわらのていか)によってまとめられた歌集で、飛鳥時代後期から鎌倉時代初期、7世紀から13世紀までの100人の有名な歌人の歌が一首ずつ選ばれています。そこには、美しい日本の四季、人の喜びや悲しみ、恋する気持ちなどが歌われています。

(本文)

 まずは、平安時代前期から中期にかけての人、素性法師(そせいほうし)の一首です。

今来むと いひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな

いまこむと いひしばかりに ながつきの
ありあけのつきを まちいでつるかな

 この歌は、「すぐに行くとあなたが言ったばかりに、その言葉を信じて9月の長い夜を待っていましたが、とうとう有明の月が出る頃になってしまいました」という意味です。「長月」は9月の別名で、「有明の月」は夜更けに出て明け方まで空に残っている月のことを指しています。作者は男性ですが、当時は男性が女性の立場で歌を詠むといったことも行われており、ここでは恋人を待つ女性の心情を歌にしています。
 作者である素性法師は若くして出家しますが、天皇の歌合(うたあわせ)に呼ばれることも多く、歌人として高い評価を得ていたとされています。また、平安時代の和歌の名人である、三十六歌仙の一人でもあります。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

いまこむと いひしばかりに ながつきの
ありあけのつきを まちいでつるかな

 続いては、平安時代前期の人、大江千里(おおえのちさと)の歌です。

月見れば 千々に物こそ 悲しけれ
わが身ひとつの 秋にはあらねど

つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
わがみひとつの あきにはあらねど

 この歌は、「月を見ていると、いろいろと物悲しく感じられます。秋は私一人のためだけに訪れたわけではないけれど」という意味です。恋人に先立たれた女性の立場から、秋の夜のわびしさを詠んだ漢詩をもとに作られた歌であると考えられています。
 作者である大江千里は、官僚の育成機関であった大学寮で学び、歌人としてだけではなく儒学者(じゅがくしゃ)としての顔も持ちます。天皇の歌合(うたあわせ)にも参加しており、自身の歌を集めた「句題和歌」を宇多天皇に献上したことでも知られています。
 それでは、もう一度聞いてみましょう。

つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
わがみひとつの あきにはあらねど

(エンディング)

 いかがでしたか? 今回は、ともに秋の季節にちなんだ歌をご紹介しました。秋の夜は、考え事をしてしまったり、どこか寂しさを感じたりする人も多いのではないでしょうか。この感覚は、いつの時代にも共通するものなのかもしれませんね。

音声広報CD「明日への声」のHTML版をトラックナンバーごとにご覧いただけます。こちらから移動できます。
前のトラックへ 目次へ 次のトラックへ

バックナンバー

音声広報CD「明日への声」のバックナンバーページへリンクしています。それぞれ発行年、発行月を表します。空欄の場合もあります。

2019年 1月   3月     6月 7月   9月   11月  
2018年 1月   3月     6月 7月   9月   11月  
表の終了