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参加者の声

吉岡了子さん

福島県会津出身、82歳女性書道家。
元中学・高校 非常勤講師。
ニューヨークやバンコクで生活した後、日本で海外から来た留学生や女性達に日本語を指導。

「会津の心でアメリカを行く」

今回、息子に勧められて「歩こうアメリカ、語ろうニッポン(Walk in U.S., Talk on Japan)」に応募しました。
はじめは、アメリカの街を歩いて日本のことを喋ればいいのよね、という程度の軽い気持ちでしたが、日にちが近づくにつれ、だんだん緊張してきました。しかし幸運にも楽しいメンバーに恵まれ、みなさんに色々とサポートしていただき、無事に終えることができました。
現地の方々は本当に「日本大好き」というエネルギーを感じたのが第一印象でした。
そして旅をしながら、アメリカのみなさまはマイノリティに対して、とても公平な印象を感じました。またボランティアの大切さや、その風土を学んだように思います。人生でこんな新鮮な気持ちを味わったのは久しぶりのことで感動しました。
特に倉敷市と姉妹都市でこれまでにも交流があったカンザスシティの方々は、私たちが考える以上に日本のことをよくご存じで、もし私が訪問を受ける側になったら、アメリカでのおもてなしの精神を活かしたいと思いました。
本プログラムに参加して、外国の方々と触れ合うことは、すばらしいことだと気づき、普段はアメリカと日本を国同士という関係で見ていましたが、人と人としてつきあっていくことが大切だと感じました。それを積み重ねることができたら、より理解し合える関係になれると思いました。
今回、日本の代表としてアメリカを訪問できたことはとても光栄で、少しでもアメリカと日本の友好に役立つことができたのなら嬉しいと思っています。

今回の応募は私にとって大きな挑戦でしたが、それはまさに、母校・津田塾大学が掲げる、「Sensibility to knowledge, Challenge to the unknown」(知への感性、未知への勇気)に基づくものだったと思います。
そして私の故郷である会津の精神にも結びつくところがあります。
母がよく「頼まれれば越後へでも米をつきに行く」と言っておりました。それは、「会津の隣にある越後まででも、頼まれたら手伝いに行く」、つまり、自分が大変でも人のために手伝う、尽くす、使命を果たすという意味です。
裕福ではありませんでしたが、母は「教育は体から引き離すことはできないものだから」と言って、私が家事を手伝うかわりに大学に行かせてくれました。どんなに困難な状況でも諦めず、迷わずにチャレンジしてみること、そういった状況であっても与えられたことに対して、いつも最善を尽くし、困難を克服してくチャレンジ精神が大事だと受け取っています。
そうすれば、いつかどこかで花開く時が来ると思います。

以下に、吉岡さんがカンザス州のジョンソン・カウンティ・コミュニティ・カレッジで実際にお話しされた英語スピーチをご紹介します(日本語仮訳)。

「女性の活躍の変遷」

これから、私の個人的なお話をさせていただきますが、日本における女性の社会参加の重要性について少しでも皆さんにお伝えすることができれば幸いです。

1960年から1962年にかけて、私は家族とともにニューヨークで暮らしていました。その当時、私の友人の一人が、日本人女性はエレガントで謙虚で、忍耐強く、そしていつも家の中にいて家事をしていると言っていました。これが日本人女性に対するイメージで、皆さんの中にもこのようなイメージを持っている方がいらっしゃるかもしれません。

こういった一面はまだあるかもしれませんが、現代の若い日本女性は非常に活動的で、積極性もあり、家の外で仕事をしたいと思っています。今、日本の労働人口は減少しています。だからこそ、今、日本女性は多くのチャンスと機会に恵まれていると私は感じています。

「ウィメノミクス」は今、日本でよく聞かれるフレーズです。

安倍総理は「3本の矢」を放つことで、再び日本を強くし、経済成長を支えようとしています。労働市場における女性の役割の向上が日本の成長戦略に不可欠であると、安倍総理はしばしばおっしゃっています。

それゆえに、日本経済復活のためには、働く女性のニーズと潜在能力が力強い役割を果たすと期待されています。

女性の中には様々な理由で一旦退職し、その後仕事に復帰する人もいます。中には大企業で指導者や経営幹部として活躍する人もいます。しかし、大半の女性は今でも家庭にとどまっています。というのも不安を感じたりもしますし、面倒をみなければいけない幼い子供や年老いた親を家において働きに出かけることが難しいことを知っているからです。

日本政府は、働く女性のための環境の改善に努めていますが、まだまだ改善の余地があると思います。保育園など働くお母さんの周辺環境が大幅に良くなれば、一旦仕事から離れても職場復帰ができるようになります。女性が日本の経済成長を促進するための大きな力になると私は確信しています。

更にいえば、男性がもっと家事に従事するようになれば、より多くの女性がフルタイムで働いたり、新しいビジネスを立ち上げたり、キャリアを積むために学業に再び就くことができるでしょう。ご主人たちが病気の子供の面倒をみたり、夕食の準備をしたりすれば、女性たちにとっては就業チャンスが広がったり、社会参加ができるようになります。このことが経済をさらに良くしていくでしょう。「ウィメノミクス」は女性だけの問題ではなく、男性にも関係することなのです。

今、日本の女性の状況は変わり始めています。しかし、職場における男性と女性のバランスをとることがまだまだ必要です。

最後になりますが、アメリカ合衆国とアメリカ国民の皆さんに感謝を申し上げたいと思います。というのは、私の母校津田塾大学の創始者である津田梅子がおよそ150年前にアメリカで教育を受けたからです。

当時、津田梅子はアメリカ社会における女性の地位に感銘を受け、敬意を表しました。そして、彼女と彼女の友人たちは津田塾大学を設立し、自分の一生を通して、日本人女性の地位向上や教育に、情熱とたゆみない努力を注ぎました。

第二次世界大戦後、日本国憲法のもと、日本の女性は選挙権、雇用や教育の平等など基本的人権を守る民主主義を享受してきました。

私が重ねて言いたいことは、「ウィメノミクス」は日本女性が教育の成果を発揮する、大きな要素だということです。

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