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参加者の声

河﨑隆夫さん

大阪府出身。
日本板硝子の海外事業部門を歩き、アメリカ駐在は2度、通算14年。その経験を生かし、現在異文化コミュニケーションを専門とするコンサルタントとして、多くの日本企業をサポートしている。

アメリカ人の機微に触れた日本は「trustworthy partner」

スピーチ後、テーマ毎に分かれて議論
スピーチ後、テーマ毎に分かれて議論

アメリカ駐在時には700~800人のアメリカ人と共に仕事をし、苦労しながらも彼らとコミュニケーションをとってきました。アメリカは人種のるつぼとはうまく言ったものです。アメリカの工場では身をもって文化が違う相手とコミュニケーションをとる大変さを経験しました。退職後、第二の人生として在米時の経験を生かし、異文化コミュニケーションを専門とするコンサルタントとして多くの日本企業をサポートしています。アメリカを歩いて、日本の生の声を伝える。これはまさに私のライフワークであり、「絶対に参加すべし」と思って応募しました。

勤めていた、日本板硝子の前身が1918年に日米合弁で生まれ、社名が「日米板ガラス」だったことを講演テーマにしました。第二次大戦中に敵性国家との合弁事業ということで経営の危機に瀕しましたが、当時の社長が頑張って、米側パートナーの権益を守ったという歴史があります。私はそれをベースに、「日本はアメリカにとって信頼に値するパートナーだ」と訴えました。「trustworthy partner」というセリフが現地の新聞記事にも引用されるなど、アメリカ人の機微に触れる話をでき、とてもうれしかったです。

ペンサコーラのロータリークラブ前にて
ペンサコーラのロータリークラブ前にて

特に強く心に残っているのは、シカゴのような大都会やフロリダ州ペンサコーラのような地方都市でのレセプションで、現地に住んでおられる日本人の方や、日米協会に所属しているアメリカの人たちから、「よく遠路はるばる来てくださいました。そして、これだけの人を集めて日本の今の姿をお話くださりありがとうございました」と感謝されたことです。私どもの派遣が彼らの現地での活動に少しでも役立てば、こんなに喜ばしいことはありません。

「歩こうアメリカ、語ろうニッポン」のプログラムに参加してみて、言いたいことが相手に伝わった達成感はありますが、半面、伝えることの難しさもあらためて感じました。限られた時間や制限の中でこちらの真意を伝えることはやはり、簡単ではありません。

現地での日程は私にとってはかなり強行軍でした。しかし、60歳をすぎて、日本のために何かできるチャンスに恵まれたのは望外の喜びでした。それも国益を代表するようなプログラムに参加できたのは光栄の至りです。

【応募を考えている人の疑問に答える3つの質問】

ペンサコーラのロータリークラブ前にて
このプロジェクトを通じて200~300人の
人たちと名刺交換しました

・渡航準備は何をしましたか?
スピーチの準備以外は特に何もしませんでした。久しぶりにアメリカを訪れることがうれしくて前日は寝られませんでした。

・現地で印象に残ったエピソード
私が参加したときは、82歳の吉岡さんをはじめ、私と、あとは2~3歳違いのメンバーたちでした。皆アメリカに住んだ経験もあり、伝えたいメッセージと熱意にあふれていました。講演会で質問をしてくれた人には、レセプションの時間を使って丁寧に説明をしたり、時間を惜しんで、現地の方々と交流しました。滞在中に交換した名刺は実に200~300枚。今でもメール交換が続いている方とのつながりをこれからも大切にしていきたいと思っています。

・最後に皆さんへ一言
英語力も重要ですが、やはり中身でアメリカ人と話せる人に応募してほしい。伝えたいものがまずあって、しかもそれを伝える力を持っている人が望ましいと思います。われわれシニアには人生経験が長い分、若い人にはないものがあるはずなので、そういう方も臆せずドンドン応募していただきたいです。

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