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Highlighting JAPAN

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特集未来をつくる科学技術

味を変えてしまうメタクッキー(仮訳)

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廣瀬通孝東京大学教授は、食べたものの味を変えるという装置「MetaCookie+」を開発している。松原敏雄が報告する。

廣瀬教授の研究チームが開発中の「MetaCookie+」は、視覚と嗅覚の錯覚を利用して、実際に食べたクッキーの味を変えてしまうという技術だ。VR(バーチャルリアリティ)に基づいた研究として、2年前から開発が進められている。

「きっかけは、一口ごとに味が変わるジュースを作りたいという学部の卒論生の発案でした」と研究の指揮を取る廣瀬通孝教授は語る。「そこで、甘酸っぱい無色透明の飲み物が入ったコップの中で、赤や青のLEDを点灯させて、その色を変え、飲んだときに味がどう変わるかという実験をしました。すると、視覚と味覚が相互干渉して、味が変わったように感じる人が多かったのです。そこに嗅覚を加えれば、効果はより高まるだろうと考えたわけです」

「MetaCookie+」の仕組は、おおまかには以下のようなものだ。まず、体験者は、匂いを出す管の付いたヘッドマウント・ディスプレー(HMD)を装着する。体験者は、目印のために焼き印を入れたクッキーを手に持ち、HMDに内蔵したカメラに認識させる。そして、例えばチョコレートのモードを選ぶと、クッキーの上面に、ディスプレーを通してチョコレートクッキーのCG画像が重なって見える。クッキーを顔に近づけると、CGのチョコレートクッキーも大きく見えるようにプログラムされているので、体験者には、実際にチョコレートクッキーを持っているように見える。さらに、鼻先の管からは、モーターで匂いが送られる。クッキーが近づけば匂いの濃度も強くなるようにセッティングされているのだ。このようにしてクッキーを食べると、何も味付けしていないプレーンクッキーが、チョコレート味に感じるのだ。この装置では、他にもチーズ、レモンなど、全部で7種類の匂いとCGの組み合わせを体験できる。

この「MetaCookie+」を使ったテストでは、ほぼ8割の人が味の変化を認識するという。テストはすでに様々な場所で行われているが、2010年にアメリカのCGの展覧会である「SIGGRAPH」(Special Interest Group on Computer Graphics)で行った展示では、3日間で1000人以上の入場者が興味を持って列をなし、やはり8割の人が味の変化を認識したという。

ただ、どんな味でも認識できるという訳ではない。日本では香りの良さでよく知られるキノコであるマツタケの匂いを使って日本人を対象にテストをしたところ、スライスしたマツタケがクッキーの上部に乗ったCG画像を見ても、大半の人は何の味だかわからなかったという。マツタケ味のクッキーというものが、実際には存在しないからだ。つまり、頭の中にすでに刷り込まれたイメージがあって初めて匂いに対する感覚のスイッチが入り、味覚に対する錯覚が生まれるのである(テストでは、被験者は前もって何味かは知らされていない)。

「食事制限などが厳しい病院食に応用できるのではないかとよく言われますが、それはあくまで一例に過ぎません」と広瀬教授は言う。「この研究は、根幹の部分では心理学と深くかかわっています。バーチャルリアリティを治療に活用するVR医学会との連携もありえるでしょうし、例えば博物館の展示に嗅覚による刺激を導入し、展示効果をより高めることも考えています。医療に限らず、様々な分野に応用できる可能性を秘めた研究だと思っています」

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