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Highlighting JAPAN

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特集震災からの学び

科学技術で災害に備える(仮訳)

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日本では、深刻な自然災害に襲われる毎に、その被害を低減するため、防災・減災に対する科学技術力の向上に努めてきた。現在、東日本大震災の教訓を踏まえ、地震や津波に備えるために、さらに高精度な科学技術の研究開発が進んでいる。佐々木節、松原敏雄、ジャパンジャーナルの澤地治が紹介する。

新幹線を安全に止める

東北新幹線は、東京から新青森まで、福島、仙台、盛岡などの東北の主要都市を結び、713キロの距離を走行する。今回の震災では、東北・関東エリアを中心とした鉄道路線にも甚大な被害が及び、駅の損傷、架線の切断などが生じた。発災時、東北新幹線には19本の営業列車が走行していたが、すべて脱線せずに停車、人的な被害は発生しなかった。

この東北新幹線の運行を行う東日本旅客鉄道(JR東日本)は、走行している列車を早く止める、構造物が壊れないようにする、脱線後の被害を最小限にするという3点を柱にして地震対策を進めてきた。このうち、走行している列車を早く止める対策として、新幹線早期地震検知システム(以下、「地震検知システム」)が採用されている。このシステムは、日本の新幹線のほかの路線にも導入されている。

「地震検知システムは、1秒でも早く確実にブレーキを作動させて、列車を安全に停止させることが目的です」とJR東日本設備部の関玲子氏 は言う。

地震検知システムは、地震の揺れ(地震波)を検知し、変電所から列車への送電を自動的に停止し、列車の非常ブレーキを自動的に作動させるというシステムだ。地震波を検知する地震計は、JR東日本管内で、太平洋沿岸、日本海沿岸、内陸、新幹線沿線に合計127カ所、設置されている。

通常、地震の揺れには、伝わる速度は大きいが、小さい縦揺れ(初期微動)であるP波と、伝わる速度は小さいが、大きな横揺れ(主要動)のS波がある。地震の大きさや震源地からの距離にもよるが、P波の到来後、数秒から数十秒経って、S波が到来する。地震検知システムは、震源の近くの地震計でP波を検知し、そのデータから、震源からの距離、方位、マグニチュードを地震計が推定し、過去に起きた地震の記録を踏まえ、構造物に被害が発生する可能性がある区間の変電所に警報を発信、警報を受けた変電所は列車への送電を停止する。

さらに、地震検知システムでは、P波が検知できない、あるいは検知しても警報が発信されない場合でも、ある一定の大きさを超える地震波(S波)を地震計が観測すれば、警報を発信し、新幹線は停止するようになっている。

「以前は、S波のみの検知システムでしたが、阪神・淡路大震災後の1998年からP波も検知するシステムも導入しました」と関氏は言う。「東日本大震災では、P波とS波を二重で検知できるシステムが、新幹線をいち早く停止させることにつながったのです」

東日本大震災では、最初に、震源に最も近い、宮城県太平洋沿岸にある地震計が、ある一定の大きさを超えるS波を観測したことで、警報が発せられ、東北新幹線の沿線約170kmにわたって送電が停止された。送電停止から非常ブレーキが作動するまでの時間は、わずか約3秒。この区間では、時速約270kmの新幹線2本が走行していたが、非常ブレーキが作動したのは、列車の運行を中止する基準となる揺れが到達する約10秒前だった。そして、その後、最も強い揺れが到達する約70秒前には、時速約270kmで走行していた新幹線も、時速約100kmまで減速することが出来ていた。その後、ほかの区間でも、順次、送電が停止され、全ての新幹線が安全に停止している。

震災後のさらなる地震対策として、JR東日本では、2012年10月から、広い地域にP波を検知する地震計をもつ気象庁が発信する緊急地震速報も、地震検知システムに組み込み、よりきめ細かく、地震を検知する態勢となっている。


より高い精度で津波を予測する

本州の千葉県の房総半島沖から北海道の南東沖まで、南北約800kmにわたって続く日本海溝では、西に向かって移動する太平洋プレートが、東北、北海道が載る北アメリカプレートの下へと沈み込んでいく。この海溝の水深は最大で8020mにも達する。

巨大なプレートとプレートがぶつかり合うこのエリアは、2011年3月11日の東日本大震災ばかりでなく、過去に何度も大きな地震の震源地となってきた。しかし、日本国内にある1500か所以上の地震観測点の大半は陸上にあり、海域の観測点はわずか55か所にすぎない(いずれも東日本大震災当時)。こうした海域の観測網の空白を補うため、2011年にスタートしたのが日本海溝海底地震津波観測網の整備計画である。

独立行政法人防災科学技術研究所の海底地震津波観測網整備推進室長を務める金沢敏彦・東京大学名誉教授は次のように語る。

「震災当時、私が所属していた東京大学の地震研究所と東北大学は共同で研究用の観測機器を三陸沖に2基設置していました。これらは東日本大震災による津波で沿岸に設置されていた陸上局が破壊され、データが途中で途切れてしまうのですが、津波が沿岸に到達するまでの間、その動きや大きさを克明に捕らえていました。あくまで研究用の機器でしたが、このデータがリアルタイムで警報などに反映されていれば、被害状況は少し変わっていたかもしれないと考える研究者もいます」

海底に設置されていた観測機器はわずか2基であったが、東日本大震災の津波を観測するのに最適な場所に設置されていたので、この2基からは予想以上の貴重なデータが得られている。

今回、日本海溝海底地震津波観測網で太平洋の海底に設置されるのは地震計、津波計(水圧計)、電源などを収納した「観測ノード」と呼ばれるカプセル、そして、これらをつなぐ海底ケーブル(光ケーブル)である。これらを、千葉県から北海道の日本海溝の内側(西側)海底と、日本海溝の外側(東側)海底に沈める。つまり、日本海溝を挟んで内側と外側に観測網を張り巡らせ、日本列島東側の海域を広くカバーしようというのだ。トータルでの観測点は150か所、海底ケーブルの総延長は約5600kmにもおよぶ。

観測ノードは海底水圧を測る開放部とそれ以外の機器を収納する気密部に分かれていて、全体は直径32cm、長さ2.3mほどの円筒形をしている。ノード本体は強度の高いベリリウム銅製だ。また、気密部に機器を入れて密封するときに、経年変化による海水侵入の可能性があるパッキン類を用いずに、レーザービーム溶接で密封している。また、観測網は、光ケーブルが途中で切れる、あるいは一部の観測装置や陸上局が壊れるなどのトラブルが起きても、絶えず稼働できるように冗長設計されている。

「観測機器の耐用年数は30年以上です」と金沢氏は言う。「耐久性と高い信頼性の確保は防災用のシステムには不可欠と考えられています」

こうして集められたデータは防災科学技術研究所だけでなく、気象庁などにもリアルタイムで送られ、地震情報や津波情報に役立てられる。そのほか自治体による避難勧告、交通機関の運行管理など、さまざまな面から防災に役立てられる可能性がある。

これまで津波の襲来は、震源や地震の規模から推定するしかなかったが、複数の観測機で沖合の実測データが得られれば、きわめて精度の高い予報をスピーディに発信することができる。また、震源に近いところで地震波をキャッチできるため、沖会い遠くの日本海溝付近の海底で発生する地震のような場合であれば、これまでより最大30秒程早く緊急地震速報を流すということも技術的には可能になるはずだという。

観測網の工事はまず千葉県の房総沖と宮城県の三陸沖北部で早ければ今年4月から始まり、7月頃には一部試験運用が始まる。そして、すべての工事が完了し、本格運用がスタートするのは約2年後だ。正確かつ迅速な地震・津波情報を提供できるようになるばかりでなく、精度の高いデータの集積により、海底深くで発生する地震のメカニズムが明らかになれば、将来の地震予測、東北地方の都市計画や防災計画にも貢献すると大きな期待が寄せられている。


クラウドを防災に活かす

富士山の西側、太平洋・駿河湾に面する東海エリアでは、沖合を震源とする巨大地震が100〜150年周期で発生しており、近い将来、マグニチュード8クラスの地震が起こる可能性が高いと推測されている。そうしたことから、このエリアに位置する静岡県では、自治体が中心となり、地震や津波に対する様々な防災対策に力を注いでいる。

その一つが、2011年7月から運用を開始した、クラウドコンピューティングを利用した日本初の防災システム、「ふじのくに防災情報共有システム(FUJISAN)」だ。(「FUJISAN」は日本語で富士山の意味)

FUJISANを導入する前、静岡県は、県庁舎に2台置かれた専用サーバーで防災シテムを構築しており、静岡県は市町村から得られた被害状況などの情報を集め、救出・救護活動に役立てる、さらに、それらの情報を国に伝えるというシステムになっていた。しかし、いくつかの大きな問題点があった。まず、県庁舎は極めて耐震性が高い建物であるが、万が一、建物が破壊されるような被害が発生した場合、システムそのものが稼働しない危険性があった。また、県の実験で、防災システムに800人程度の職員が同時にアクセスすると、システムがストップすることが判明していた。さらには、平常時の利用でも、データ量が大きいために、様々な情報を表示する電子地図がなめらかに動かないという問題も抱えていた。

これらを自前のサーバーで解決しようとすると巨額の投資費用を要することになる。そこで解決策として持ち上がったのが、クラウドコンピューティングへの切り替えだった。準備は2010年4月から始め、新たなシステム構築への最終段階に入った2011年3月に東日本大震災が起きた。静岡県では震災の影響はなかったが、被災地では、防災拠点の破壊や通信ネットワークの途絶が原因となり、従来の防災情報システムが機能しなくなるという、静岡で懸念していた問題点が現実のものとなっていた。

クラウドコンピューティングは、インターネットを用いて、情報処理を分散させることで、大量のデータの迅速に処理することを可能にした。それゆえ、FUJISANでは、電子地図の動きも格段にスムーズになった。同時アクセスも、理論的にはほぼ無制限で可能だという。結果として、災害に関する様々なデータが電子地図上で迅速に確認できるようになり、土地勘のない人や災害対応の経験が少ない人でも容易に災害の状況が把握できるようになった。また、データがクラウド上にあるので、仮に県庁舎が被災しても、システムの稼働には問題がない。

システム構築にあたっては、災害の発生後72時間以内の救出・救護活動に必要な情報の収集・発信に重点が置かれた。取り扱う情報は地震と風水害に関するものが中心で、被害や支援要請などの情報の他に、道路、ヘリポート、避難所、救護所の4つの重要なデータベースが整備されている。また、災害発生時には、携帯電話会社を通して災害緊急速報メールが県内全エリアの携帯電話保持者に同時一斉配信されるシステム(エリアメール)も導入された。

このFUJISANを利用できるのは県と県内市町村の行政機関で、災害発生時には職員が現場からスマホや携帯電話を使って、詳細な災害情報を見ることもできる。災害現場の職員が写真や緯度経度情報を送信し、瞬時に電子地図上に反映させることも可能になった。

「このシステムは、県として必要な情報を収集し、国や周辺地域にすみやかに支援要請を出すために特化させたものです」とFUJISANのシステム構築を指揮してきた静岡県庁危機政策課の渡辺岳史氏は言う。「現場からの被害情報のアップに関しても、混乱を避けるために誰がどのタイミングで情報をアップすべきかといった細かい規定も設けています」

今後に向けた新たな取り組みも、すでに始まっている。例えば、最先端の道路情報通信システムであるITSとFUJISANとをネットワークでつなぎ、災害時の道路通行可能情報や避難勧告情報を、FUJISANとカーナビ上で同時に表示するための検討が進められている。また、現状では市民がFUJISANにアクセスすることはできないが、2013年には静岡県の公開用サイトから、誰もがネットを介してリアルタイムの電子地図情報をチェックできるようになる予定だ。この電子地図には、災害対策本部の設置情報、各エリアの被害情報、避難所の開設情報、避難勧告の発令情報が表示されることになる。

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