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Highlighting JAPAN

土を救う

福島第一原子力発電所事故の発生により深刻な風評被害の影響を受けている福島県の農産物。果たしてその安全性は現在、どのような状況なのだろうか。

2011年の福島第一原子力発電所事故から福島は、日々歩み、変化した。一方で、「福島産の農産物は安全性が高まり、2015年度は流通目的の米に含まれる放射性物質の基準値超え(一般食品で1kgあたり100ベクレル)はゼロになりました。しかし、その事実はニュース性がないために世間に伝わらず、福島に対する汚染イメージは定着したままです」と、福島大学経済経営学類教授の小山良太氏は歯がゆさをにじませる。

福島から出荷される農作物の放射性セシウム検出は、なぜたった5年で米の基準値越えがゼロになりえたのか。原発事故直後、大気中に撒かれた放射性物質は雨や雪などと一緒に地面に降り、2011年春に収穫した葉物野菜や初年度の米の中には基準値を大きく超えるものがあったのは事実だ。だが、陸に落ちたセシウムは福島の土質に多い雲母由来の大きな粘土粒子について固定し、農作物が根から吸い上げることができない状態になっている。表土に残ったものは、半減期約2年のセシウム134はこの5年で理論値25%以下へ減衰、半減期約30年のセシウム137も逓減している。

「山がちで水田作のような灌漑農地の多い福島と、平地で乾いた畑作を行うチェルノブイリとは、水の豊富さや起伏といった地理的条件、降った放射性物質の種類(福島はプルトニウムは拡散していない)、土質、事故後の農作物への検査や隔離など、重要な条件がかなり異なることも知られていません」と小山氏は説明する。

また、小山氏は原発事故直後から「福島の農業再生のためにも詳細な汚染マップを作ることが最優先」と、基礎データ収集の重要性を訴え、地域住民、農業者、農業協同組合(JA)、ボランティアスタッフや学生たちとともに、福島市内のすべての水田と果樹園を対象とした丹念な放射能測定を繰り返してきた。農家の手によって、土壌にカリウム肥料などを撒くセシウムの吸収抑制対策や、高圧洗浄による樹木の除染も行われた。

「土の汚染が高い地域は作付け制限で農業をストップ。農家が作付けを自粛している地域もある。土の状態を正確に把握し対策を施し、安全性を確認した上でようやく作付けが開始されるのです」。

福島県内の農林水産物は、販売されるものすべての食品群に対して慎重に検査が行われている。米は7万人の生産者と関係機関の連携によって1000万袋に及ぶ全量全袋検査、果樹・野菜はJAによって農家ごとに全品目全戸検査、牛肉も出荷先で全頭検査を受け、安全性を確認されている。

「米は2012年度で基準値超えが71袋ありましたが、それは全体の0.0007%。2014年の基準値超えは0.00002%にあたる2袋、しかも食用ではない研究用の米で、2015年にはとうとうゼロになりました」。消費者がいつでも安全性を確認できるように測定結果はすべてJAや福島県のHPで公表されているが、国内消費者の認知度は2割を切り、情報提供に課題が残る。

「原発事故の調査書は存在する。しかし、放射能汚染を総括する公的な報告書の不在が、消費者の不信感を助長している」。「もう安全だ」とのイメージ先行ではなく、根拠となる事実をデータで提示する重要性を小山氏は指摘する。また、福島の農業復興に関して「安全をブランド化する。例えば低農薬有機野菜や低アレルゲン作物の栽培を進めるなど、事故前とは異なる実験的で新しい付加価値の追求に本当の復興の道がある」とも提言する。事実を丁寧に積み重ねる被災地のアカデミズムが、福島の復興を導く大きな役割を担っている。