Home > Highlighting JAPAN >Highlighting Japan June 2016>文化財の活用

Highlighting JAPAN

アニメの舞台となった老舗旅館

群馬県の四万温泉の積善館は日本で一番古いと言われる温泉宿建築を持つ老舗旅館だ。スタジオ・ジブリの「千と千尋の神隠し」のファンも、アニメの舞台となった言われる旅館の雰囲気に浸りに訪れる。

日本は世界でも有数の温泉大国だ。2万7000本以上の源泉があり、古来、温泉に浸かって心身を癒す文化が各地で親しまれてきた。なかには1000年以上の歴史が伝えられる温泉地もあり、数百年続く老舗の温泉宿も少なくない。

東京から車で約3時間。山々に囲まれ、四万川沿いに温泉宿が点在する群馬県・四万温泉の歴史も長い。一説では989年、「四万の病気を治す霊泉」として、山神から与えられたという伝説が残る。

日本最古の温泉宿建築と伝えられるのが、四万温泉の中心地にあり、1691年の開業時に建てられた積善館の本館だ。もともとは江戸時代(1603-1867)の典型的な湯治宿として始まり、質素な2階建ての木造建築だったが、1907年から1910年に3階部分を増築した。

1936年には本館の裏山に当時の建築の粋を集めた国登録有形文化財の「山荘」を建築。欄間などに細やかな装飾が施された伝統的な日本建築が人気を集め、政財界人や文人、歌舞伎俳優などからも愛された。

どっしりとした太い梁、つややかに磨かれた柱などが重厚な風情の本館玄関は、江戸時代に建築された当時のままの姿をとどめている。

「300年以上の歴史をもつ建物ですから、その形状を守り、後世に伝えることが我々の役目だと思っています」と積善館の落合成一郎氏は語る。「日々の地道な積み重ねですが、ていねいにほこりを落とし、拭き掃除をし、必要に応じて補修をし、本来の姿を維持することを心がけています」

1986年には、さらに老松や竹林に囲まれた純和風建築の佳松亭が建築されているが、現在も本館では昔ながらの質素な湯治スタイルで宿泊ができる。ただし、昔の湯治と違う点は、自炊ができないこと。本来湯治といえば食料などを自分たちで持参し、自炊しながら温泉に長期滞在をするというものだったが、ここでは地元の食材を生かした滋味豊かで素朴な野菜中心のお弁当を提供。群馬県の重要文化財である伝統建築を守るために、自炊が禁じられているためだ。ただし、通常の旅館では行われている布団の上げ下ろしなどのサービスはなく、宿泊客自身が好きなときに布団を敷くという本来の湯治のスタイル。風呂はもちろんトイレも共同で、一部洗面所がない部屋もあるが、好きなときに布団に寝転がり、温泉に浸かって体を休めるという、のんびりとした湯治場の風情に浸れる。

積善館で、1930年に建築され、国登録有形文化財に登録されているのが「前新」という建物だ。鉄筋コンクリート造りの建物の上に2層の伝統的な木造建築が乗っているというユニークな建築で、1階の「元禄の湯」は洋風デザインの大きなアーチ形の窓から自然光が差し込む。タイル張りの床には5つの石造りの湯舟が並び、シャワーはもちろん蛇口もなく、体を洗うときには湯舟に満たされている源泉かけ流しの湯を使う。その湧出量は毎分約900リットルを超える。リウマチ、運動器障害、切り傷に効くとされ、飲めば消化器疾患、便秘、じんましん、肥満症に効くとされる。

「現在、前新の木造部分は一般には非公開とさせていただいていますが、2階、3階の川沿いの空間が、アニメ『千と千尋の神隠し』のモチーフになったといわれています」と落合氏は言う。「また、本館と山荘を結ぶトンネルも同作中の場面に似ているとよくお客様からおっしゃっていただきます」

川に架かる橋に立てば、江戸時代の本館と前新が一望のもと。長い時間の流れを超えて、昔の人々が見た景色をイメージできる。