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平成の大修理

世界遺産にも登録されている栃木県の日光東照宮は、日本で最も人気のある観光スポットの一つである。その日光東照宮は現在、22年間にわたる大修理の最中だ。修理にあたっては、400年以上受け継がれてきた伝統が厳格に踏襲されている。

17世紀初め、100年以上続いた戦乱の時代に終止符を打ち、江戸幕府を樹立したのが徳川家康公である。家康公は、多彩な文化が花開き、260年以上平和が続いた江戸時代(1603〜1867)の礎を築いた。

1616年、75歳で生涯を終えた家康公は、自らの亡骸を久能山(現在の静岡県)に埋葬し、1年後、日光山に「小さなお堂」を建てて祀るよう遺言した。その遺言に従って、二代将軍秀忠公により1617年に創建されたのが栃木県の日光東照宮だ。さらに1636年、三代将軍家光公の命により、甲良宗広を大棟梁として社殿の造り替えが行われ、今に伝わる壮麗な社殿群が完成した。40棟の社殿群のうち、8棟が国宝。そのほか32棟が、国の重要文化財に指定されている。

江戸時代、日光東照宮は神仏習合の一大霊山だったが、明治時代(1868-1912)の神仏分離令により、東照宮、輪王寺、二荒山神社に分離された。1999年、これら二社一寺の境内域が世界遺産に登録。近年は国内外から年間200万人近い参拝者が訪れるという、日本を代表する人気の観光地ともなっている。

日光東照宮の社殿群は、江戸時代から大小21回に及ぶ修理が繰り返され、その美しい姿が守られてきた。そして現在、2003年から2024年まで22年間続く一大プロジェクト “平成の大修理”が進められている。

「徹底した平和主義を貫き、江戸時代の平和と文化の礎を築き、近代日本の発展に多大な貢献をされたのが家康公です」と稲葉久雄宮司は言う。「東照大権現として神となられた家康公のご威光がいつの時代も光り輝くように、日光東照宮らしいたたずまいを絶えず維持していくことが、私たちの使命と考えています」

その社殿群には、5000体余りというおびただしい数の彫刻が施されている。なかでも特徴的なのが、猿、龍、麒麟、悪夢を食べると言われる獏など想像上の“霊獣”をはじめとする26種類714頭もの動物だ。たとえば獏は鉄や銅を食べるとされ、武器がつくられることのない平和な世の中を象徴するとされる。左甚五郎作と伝わる有名な彫刻「眠り猫」は、寝ている姿が平和を象徴する一方、家康を護るために寝ていると見せかけ、いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれている。

日光東照宮のシンボルともいえる建造物が、全体がおびただしい数の極彩色の彫刻で覆われた陽明門だ。その修理の工程は漆塗り、彩色、金具、屋根を中心にほぼ終わり、2017年3月までに完了する予定となっている。

「建造物の形状や意匠はもちろん、材量の種類や品質、技法などあらゆる面をできるだけ厳格に踏襲することを修理の基本方針としています」と稲葉宮司は言う。「例えば、漆は、下地から上塗りまですべて国産の最上級のものを採用しています。その土地の材料がその風土にいちばん合うので、修理をするうえで、文化財の本質を守ることにつながると考えます。昔は日光でも漆の木がたくさん生えていたのですが、現在は環境の変化でほとんど消失しました。文化財の本質を守り伝えていくためには材料の確保と、彩色など伝統技術を継ぐ後継者の育成が重要です」