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Highlighting JAPAN

違法薬物を光らせる

上田宏教授らの研究グループは、違法薬物を短時間で簡単に検出する技術を開発した。

東京工業大学・上田宏教授の研究室は「タンパク質工学」を主な研究テーマとしている。タンパク質工学とは、天然タンパク質をさまざまに改変したり、まったく新しいタンパク質を生産したりする技術を研究する学問領域だ。タンパク質は酵素、免疫抗体、生体情報伝達物質として生物の活動にきわめて重要な役割を果たしているが、こうしたタンパク質の特異的な機能を医薬・環境・安心安全といった幅広い分野で有効利用することを目的としている。

「例えるなら、エンジニアが鉄やプラスチックで作っている機械をタンパク質で作る研究です」と上田教授は説明する。

上田宏教授らの研究グループは、このタンパク質工学を応用し、覚せい剤、コカイン、モルヒネなどの違法薬物を検出できる「Q-body法」を2011年に開発した。従来の検出方法では数十分以上かかっていたが、「Q-body法」を使えばわずか数秒で検出できる。しかも、「Q-body法」は、微量の検出用サンプルを測定試薬に混ぜるだけで、薬物を正確に同定することが可能である。こうした利点から、警察による薬物捜査や、税関において海外からの違法薬物流入を水際で防ぐ簡易検査などへの応用が期待されている。

私たちの身体には「抗原抗体反応」という免疫システムがある。抗原抗体反応は、タンパク質である抗体が病原菌などの抗原を認識し結合する反応であり、これによって、病原体を排除する。「Q-body法」は、この抗原抗体反応を利用した「免疫測定法」の一種だ。免疫測定法は、各種の物質を高精度・高感度に検出でき、かつ適用範囲が広いため、検査・診断における優れた測定方法として、近年、注目を浴びつつある。適用範囲は、事件捜査、防衛、対テロ対策などの「安心・安全分野」のほか、インフルエンザやがん診断などの「医療分野」、さらに水質・大気調査、残留農薬、食品アレルゲン検査などの「環境分野」と多岐にわたる。

しかし、従来の代表的な免疫測定法には大きな課題があった。専門的な知識を必要とするため、一般の人が簡単に使える検査法でないこと、測定に時間と手間がかかるためコストが高いこと、測定試薬に環境有害物質を含む可能性があること、さらに、試薬の変化を人の目で確認するため判定を誤る危険性があること、などの問題もあった。

「Q-body法」は、こうした課題を根本的に解決できる画期的な免疫測定法だ。「Q-body法」のカギは、上田教授らの研究グループが開発した「クエンチ抗体」と呼ばれるタンパク質である。試薬として用いる「クエンチ抗体」は、薬物や病原菌など特定の抗原に触れると、抗原抗体反応を起こし、即座に構造が変化して蛍光を発するように工夫されている。測定時には携帯型の検出装置を使い、蛍光がどれくらい強まったかをセンサーが感知することで、対象となる物質が含まれているかどうかを判定する。人の尿や唾液を調べて、違法薬物の有無を判定することも可能である。

「調べたい物質が数ナノ(ナノは10億分の1)グラムあれば検出できます。微量のサンプルと混合して蛍光強度を測定するだけで完了します」と上田教授は言う。「専門知識を必要とせず、誰でも簡単に客観的な判断が可能です。また、装置もコンパクトなので、どこででも測定できます」

 「Q-body法」では、1種類の物質を検出するために、その物質に対応した専用の試薬が必要となる。そのため、試薬に用いる「クエンチ抗体」のラインナップが重要となってくる。現在、上述の違法薬物に加え、インフルエンザウイルス用、カビの毒用、ネオニコチノイド系農薬用など、計20種類ほどの「クエンチ抗体」が完成している。

「現在は遺伝子操作でクエンチ抗体を作っているために、手間と時間がかかります」と上田教授は言う。「その解決方法として、例えば、私たちの血中にあるタンパク質に化学処理を施して、クエンチ抗体を作成する方法にもトライしています。この方法が実現すれば、様々なクエンチ抗体を開発するスピードが飛躍的に向上することが期待できます」

 すでに、共同開発を進めているメーカーで違法薬物検出装置の試作機が2016年に完成。

現在は、実証実験を重ねながら商品化を目指している。

将来は「Q-body法」を応用して、例えば「インフルエンザウイルスを検知するマスク」が実用化される日がくるかもしれない。