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Highlighting JAPAN

マラリアの“新”診断技術

世界的に最も致命的な感染症であるマラリアの根絶に日本の研究者が立ち向かっている。

国立研究開発法人産業技術総合研究所は、産業や社会に役立つ技術の創出と実用化を目的とする日本最大級の公的研究機関である。その一部門の健康工学研究部門に所属する片岡正俊さんは、細胞診断によるマラリアの早期診断装置の実用・製品化に取組んでいる。

マラリアは、寄生虫(原虫)を持ったハマダラ蚊が媒介する赤血球への寄生虫感染症で、2016年の年間感染者約2.16億人、死亡者数約44.5万人(世界保健機関(WHO)調査)の世界的に最も致命的な感染症の一つである。

現在、WHOが推奨するマラリアの感染診断法は、赤血球を顕微鏡で観察してマラリア原虫を見つけるという確実なものだが、時間を要する上に、正確性が観察者の技量に左右される。簡便な検査法では、過去に罹患歴があるだけでも反応が出てしまうなど確実性に欠け、一方、より信頼できるが、実例数が少ないためにWHOの推奨を受けていない検査法では高価な専用装置や試薬と複雑な操作手順が必要となるなど、どの検査法にも難点がある。このため、マラリアの多発地域であるアフリカ諸国では、流行期の雨期後半に発熱した患者には、検査をせずにマラリアの薬が処方される傾向にある。

こうした現状に、「安易に薬を多用するのは危険です。マラリア原虫が薬剤耐性を持ってしまうからです。現に、1940年頃にマラリアの特効薬として使われていた薬はすでに効かなくなってしまっています」と片岡さんは警鐘を鳴らす。

片岡さんは、血液中の物質を検出して疾病の有無や進行度を診断するバイオマーカーを専門に研究しており、マラリアの検査法として、赤血球には核がないがマラリア原虫には核がある点に注目した。これを利用して蛍光核染色液で赤血球を染めれば、マラリアに感染した赤血球だけが光って検出できる。片岡さんたちのチームが開発した方法は、微細なくぼみを設けたポリスチレン製のチップに赤血球を並べてマラリア原虫の感染を検出するというもので、これまでのどの検査法と比べても正確で高感度な検査を実現した。

研究室では、血液から赤血球だけを取り出す遠心分離機と、蛍光した核を読み取る高機能なスキャナを実験に使用したが、同じものをアフリカで普及させるのは容易ではない。そこで、DVDプレイヤーなど画像読み取りの技術を持つ日本の家電メーカーとの共同研究で、操作が簡単で持ち運びができ、バッテリー駆動でどこでも使用可能な検査装置の共同開発に取り組んだ。「私たちの技術がどれほど優れていても普及しなければ意味がありません。その点、この会社は使い手の立場に立った製品開発の知見をたくさん持っています」と片岡さんは語る。検査装置の実証実験は、ウガンダ共和国のグル大学の協力を得て、首都カンパラ北部の街で行った。砂塵が多く誤データの元になることを始め、現地でしかわからない問題を一つ一つ対処して改良を重ね、開発から5年かけて現在製品化の最終段階を迎えようとしている。

この検査装置は、わずかな血液の採取から15分程度という短時間で1度に9人の検査が行える。しかも、赤血球200万個中1個という感染を正確に検出し、全体の赤血球に対する感染率も解析できる。検査装置で集団検診を行えば、まだ発症していない感染者を発見することが可能で、彼らが地域内でマラリア原虫の提供者となってしまうことを未然に防ぐ可能性がある。

片岡さんは、さらに2015年度からマラリア感染防止の研究を長崎大学と共同で開始した。長崎大学は、ケニアに拠点を持ち、熱帯病の発生に関わる気候変動や媒介昆虫の研究を長く続けてきた実績がある。

「私たちはマラリアの根絶のために蚊を絶滅させるという考え方には反対です。昆虫を絶滅させるということは環境に手を加え破壊することに繋がるからです」と片岡さんは言う。「それより、正しく早期に診断し正しく治療すれば、マラリアも他の感染症のようにコントロールすることができると考えています」

現在片岡さんはWHOからマラリア診断装置として推奨されるために、どのようなデータが必要かをWHOと協議している。WHOが目指すマラリア根絶に向けて、片岡さんたちの開発した早期診断と長崎大学の研究業績を組み合わせることで、地球規模課題解決への大きな貢献となることが期待される。