Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan May 2018 > 科学技術

Highlighting JAPAN

たった1滴の血液で13種のがんを早期発見

国立研究開発法人国立がん研究センター研究所が、血液中のマイクロRNAを調べることで13種類のがんを早期に発見できる診断法を開発。心身への負担が少なく高精度な次世代のがん診断法として期待が高まっている。

がんは早期発見することで死亡率が下がり、心身への負担が少ない治療が可能になる。しかし、2人に1人が一生のうちに何らかのがんに罹患するといわれている今の日本では、がん検診受診率は50%以下と諸外国と比べて低い。

内閣府の世論調査によれば、がん検診を受けない1番の理由としては「受ける時間がないから」といったものが挙げられており、手軽に受診しにくいこともがん検査受診率に影響していると考えられる。

そうした中、がん検診を大きく変える可能性のある研究が、実用化に向けて動き始めた。国立がん研究センター研究所が開発した「体液中マイクロRNA測定技術」である。鍵となるのは細胞内に存在する“マイクロRNA1”。がんを発症すると血液中のマイクロRNAが変化するということを、国立がん研究センターが世界に先駆けて明らかにした。

「血液によるがん診断では腫瘍マーカーという方法がありますが、腫瘍マーカーはがんがある程度大きくならないと検出できず、がん以外の病気で陽性になることもあり、がんの診断方法としてはあまり信頼性が高くありません。マイクロRNAは極めて早期のがんで検出することができ、癌腫によって発現するマイクロRNAの種類が異なることから、どのがんにかかっているかを診断することもできます。診断に必要な血液は50マイクロリットルとわずか1滴で、2日もあれば診断できるため手軽です」と、分子細胞治療分野プロジェクトリーダーの落谷孝広さんは語る。

国立がん研究センターでは、センター内のバイオバンク2に集積された血液サンプルから取りだしたマイクロRNAを網羅的に解析することで、がんの種類別に特異的に現れるマイクロRNAを明らかにした。日本のメーカーがマイクロRNAを検出する診断装置の開発にも成功しており、血液によるがん検診はオールジャパンの体制で強みを発揮している。このように、がんの種類別マイクロRNAのデータベース構築、診断技術開発と基礎部分が確立し、実用化の段階に入る。

対象となるのは、胃がん、食道がん、肺がん、肝臓がん、胆道がん、膵臓がん、大腸がん、卵巣がん、前立腺がん、膀胱がん、乳がん、肉腫、神経膠腫の13種類。2017年8月から国立がん研究センター中央病院で前向きの臨床研究がスタートした。がんと診断された患者3000人の血液からデータを収集し、安全性や有効性の検証を行い、さらなる検査精度の向上を目指す。そして、数年以内には1万人規模の臨床データを集めて保険診療で受診できる体制作りを目指す。

「血液から13種類のがんを診断する場合の試算は2万円程度。保険適応となればさらに安価に、身体的負担もほとんどなくがん検診ができます。この診断方法が確立すれば、がん検診はがらりと変わるでしょう」と、落谷さんは今後への展望を語る。がんの早期診断をきっかけに早期発見が可能になれば、より効果的な治療ができるのはもちろん、がんに罹患しても元気に過ごせる人が増えるようになることから、国全体として生産性向上や医療費削減にもつながると多くの期待が寄せられている。

※注1
20塩基程度の短いRNAで、生体機能を調整する役割を持つ。これまでに2000種類以上のヒトマイクロRNAが発見されており、発生や細胞増殖、がんなどの病気の発症にも関わる。

※注2
医学研究を目的としたヒトの試料(組織や血液などの検体)と診療情報を保管している施設及びその仕組みのこと。