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Highlighting JAPAN

 

新しい自分を作ることを恐れない 「声の人」

長年のアナウンサー経験を基に、退職後は子どもの「話し言葉」を育てる活動を続け、各地で勉強会を開催する山根基世さん。精力的な取り組みから、人生100年時代を前向きに生きるヒントを伺う。

「人生の大切な事は、36年間のNHK人生の中で学んだ」と語る山根基世さんは、日本の公共放送であるNHKへ1971年に新人アナウンサーとして入局し、後に女性初のアナウンス室長を務めた。「テレビ局に入ると実力はなくても肩書きだけは付いてくる。自分に力がないのを痛感するばかりで、始めの10年間は辛かった」と山根さんは振り返る。新人の頃は3行のコメントも指示通りに読み切れず、「下手」とけなされた。悔しさの中、きちんとニュース原稿を読み、番組の司会や中継ができるアナウンサーになりたいと、読み、聞き、話す技術を磨く日々が続いた。

長いNHK生活の中、山根さんの人生に最も大きな意味をもたらした仕事は、アートドキュメンタリーシリーズだった。日本を代表する400人以上のアーティストの創作現場や日常に触れ、彼らが才能にあぐらをかかず、凡人が足下にも及ばぬような努力をしている姿を目の当たりにした。「老いてもなお昨日の自分を壊して新しい自分を作ることを怖がらずに、コツコツとした努力を続ける彼らが、私の意識を変えてくれました」。

NHKを定年退職した後、山根さんは同じNHK退職アナウンサーたちと、「有限責任事業組合(LLP)ことばの杜」というグループを作り、全国を回って子供の「話し言葉」を育てる活動を続けた。各地の言葉教育の現場を見て回りながら、核家族で育つ多くの子供たちの話し言葉の貧しさを感じた。「子供たちが人間関係につまずくのは、隣の人とうまく心通わせるための言葉を持たないから。他人の言葉に追従せず、彼ら自身が幸せな人生を切り開くためには、借り物ではない自分の言葉を持っていなければいけないと強く思いました」

子供たちの話し言葉を育てるため、山根さんは4年前、朗読を手掛かりとして、地域の人々をつなぎ、みんなで子供を育てる仕組みを作るために朗読指導者養成講座を開始した。すでに210人を修了者として送り出したが、その講座の継続やテキストの更新にも気力と体力が必要である。また、定評あるナレーションの仕事も継続しているが、集中や緊張で、一番組録れば体重が減る。「現役で良い仕事をしようと思うなら体が資本」と感じ、体に気を使うようになった。

「万巻の書を読むに値する知恵を授かり、日本語を読み、聞き、話す基本を身に付けさせてくれたアナウンサー生活は私の何物にも代えがたい財産」と長年「声」で仕事をしてきた山根さんだが、「声とは思い通りに制御できない、本当に不思議なものだ」と言う。歌舞伎や能、オペラ、言語などにおける声の使われ方を知れば知るほど、声について見逃されていた方角からもミラーボールのように光を当てて知りたいとの好奇心が募り、今年から「声の力を学ぶ」という新しい講座も始め、講師の招へいなどに奔走している。「もう良い歳なんだからよせば、と親切心で言う人もいるけれど、私には70だからやめるっていう理屈はないのよ」と笑う山根さんが、次に興味を引かれているのは多言語教育である。感情が声となり、声が言葉になる。「声こそが民族の言語を形作っている。もっともっと勉強していきたい」、と「声の人」は美しい陰影を帯びた声で語った。