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Highlighting JAPAN

 

 

85歳の現役トライアスリートの新たなる挑戦

世界屈指のトライアスロン選手権『アイアンマンレース』に、今なお現役アスリートとして挑戦し続けるスーパーシニア稲田弘さん。85歳の今も挑戦し続ける理由や今後の目標を伺った。

スイム3.8㎞とバイク180㎞をこなした後に42.195㎞のフルマラソンを走る、世界一過酷と言われる総距離226㎞のトライアスロンが『アイアンマンレース』である。85歳の稲田弘さんは、同レースの世界最高齢完走記録保持者である。初めて出場した78歳の2011年から毎年予選を通過し、今年も世界選手権が開催されるハワイの地を踏むことが決まっている。

60歳で定年を迎え、自宅近くにあったスポーツジムで健康維持のため水泳を始めた。65歳から水泳とランニングが合体したアクアスロンに4度出場する。トライアスロンを始めたきっかけは、この時ロードバイクに乗って応援に来ていたトライアスリートの姿に一目惚れしたからだと言う。69歳でロードバイクを購入し、70歳でトライアスロンの大会に出て完走を果たす。以降、より長い距離へのエントリーを重ねてアイアンマンへとたどり着き、のめり込んでいった。

稲田さんが世界的な注目を集めるようになったのは2015年のアイアンマン世界選手権である。制限時間の16時間50分目前でゴール前に現れた稲田さんは、ゴール数百メートル前で地面に崩れ落ちてしまう。何とか立ち上がりゴールテープは切ったものの、わずか5秒のタイムオーバーで完走が認められなかった。

しかし、最後まで諦めなかった稲田さんの姿は、ニュースやSNSによって多くの人たちの眼に焼き付いた。これをきっかけに世界中からの応援メッセージや取材の申し込みが増えた。中には稲田さんに感化され60歳からトライアスロンを始めたという人もいた。「すごくうれしかったし、そういう皆さんの期待に応えなきゃいけない」と、モチベーションはより高まった。そして、万全の準備で迎えた翌2016年の世界選手権では、失敗した前年より速い16時間49分13秒を叩き出し、前年の雪辱を見事に果たす。

「とにかくレースに出続け、制限時間内で完走するのが毎年の目標です。加齢による肉体の衰えはありますが、それでもトレーニングの成果を体感できる瞬間は確実にある。TVで観たことや人から受けたアドバイスはすぐ翌日に試してみる。するとタイムが良くなる。そしてまた新しいことを試す。その繰り返しです。こうして日々の工夫が結果に現れるのが楽しくてたまらない」と稲田さんは語る。

76歳で初挑戦した『アイアンマンジャパン』で完走ができなかったことで自己流の限界を感じ、オリンピック選手を輩出するトライアスロンクラブの門を叩いた。それからというもの、身体を休めるのは週1日~2日で、それ以外の日は朝6時から16時までみっちり練習し、遅くとも21時には就寝するというハードスケジュールをこなしている。「やり続けるには、どういう生活リズムで何を食べるのがベストか? すべての発想がトライアスロン中心です。80年以上生きてきて今ほど充実している時はなかった。忙しくてゆっくりする時間もないですが、今が私の青春だと思います。」

少年のような無邪気さと思い切りの良さを持ちながら、驚くほど冷静に今の課題に向き合い続ける。「進化」へのピリオドが見えない限り、稲田さんの青春と挑戦は続いていくだろう。