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Highlighting JAPAN

 

イヌワシを守る森が地域をつくる

群馬県みなかみ町北部にある約1万haの国有林「赤谷の森」。絶滅が危惧される生物も暮らすこの森で行われている「AKAYAプロジェクト」の活動内容について、総合事務局を務める公益財団法人日本自然保護協会に伺った。

「AKAYAプロジェクト」は、地元住民で組織する赤谷プロジェクト地域協議会、林野庁関東森林管理局、日本自然保護協会による3者協働プロジェクトである。プロジェクトメンバーの一人、松井宏宇さんは「赤谷の森は、東京の中心都市を結ぶ山手線内の、およそ1.6倍の広さを持っています。この地で生物多様性の復元と持続的な地域社会づくりを目指すのが、“AKAYAプロジェクト”です。科学的根拠に基づいた自然環境のモニタリングを行うべく、哺乳類モニタリング、渓流環境復元など、全7つのワーキンググループを設置しています」と解説している。

このプロジェクトの象徴となるのが、イヌワシとその生息地を守る活動である。イヌワシは絶滅危惧種に指定されており、2mほどにもなる翼を広げ、悠々と空を舞う姿が、近い将来見られなくなってしまうかもしれない。現在、国内に生息するのは約200ペア、個体数は500羽ほど。この数が減少した理由は人工林を増やしすぎたからではないかと推察されている。

同プロジェクトメンバーの出島誠一さんは、「1960年代から1980年代にかけて進められた拡大造林政策で、成長の早い木を高密度に植えた人工林が多く生まれていきました。その後、輸入木材の台頭により、こうした人工林が放置されたまま生い茂ったため、イヌワシが上空から獲物を見つけるのが困難になっています」と語っている。赤谷の森には1ペアのイヌワシが生息しているが、彼らを守るべく2015年9月に行われたのが、2haほどの人工林の樹木をすべて伐採し、自然林に戻しながら狩り場を創出する試みである。この第1次試験地を伐採後、2016年6月、7年ぶりに1羽の幼鳥が巣立つのも確認された。また、2017年11月には初めてイヌワシが狩り行動をとる姿が見られ、出現頻度が伐採前より高まったと言う。出島さんは「人工林の皆伐が直結しているとは言い切れませんが、良い方向だと思う」と語り、今後も継続的に狩り場の創出を行っていく方針であると続けている。

赤谷の森で暮らすイヌワシの姿を毎年、目にしているのはみなかみの子どもたちである。未来を担う子どもたちが、自分たちが暮らす町を誇りに感じてくれるように。そんな思いから、赤谷の森のイヌワシを約30年にわたってモニタリングしてきた日本自然保護協会が、地元の大人たちと共に観察する機会を作っているという。

また、観光施設でイヌワシのオブジェが設置されるなど、みなかみ町のシンボルとして活用されるようになったこと、赤と青のカスタネット発祥である地元の工房が赤谷の森の木で再びカスタネットを作り始め、今では特産品となったことにも、出島さんは喜んでいる。「木材は持続的な資源なので、上手に使っていきたいと思います。出自が分かり、イヌワシを守るなどの意義があれば、付加価値として感じてくれる人はいるはずで、輸入材だけが求められることもなくなるのでは」という思いがあると言う。

人工林を皆伐して自然林に戻すには、実に100年以上の時間がかかる。現在、イヌワシを守る活動に携わる人々は、あるべき姿に戻った森を目にすることはできない。「夢とロマンの世界ですよね。初めての試みで、確証までは得られないのだから」と出島さんは笑うが、7年ぶりに幼いイヌワシが巣立ったことが未来への可能性を感じさせるのも事実である。この可能性を「赤谷の森だけでなく、日本全国でも広げていきたい」との思いの下、豊かな自然を守り、子どもたちが誇りに思える地域づくりを目指して、これからもAKAYAプロジェクトの活動は続いていく。