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Highlighting JAPAN

 

 

「匂いの可視化」に成功

五感の中でも最もデジタル化が難しいとされる「嗅覚」。匂いを高感度で検出し、可視化する技術が開発された。ワインを選ぶ時など、好みの匂いを目で見て選ぶことが可能である。

食べ物や飲み物を口に入れた時に「美味しい」と感じるのは、舌で感じる“味”だけによるものではない。口に含んで飲み込む時の“匂い”も美味しさを左右するファクターの一つである。ただし、匂いは非常に曖昧で、人によって感じ方、表現の仕方も違う。そのためデジタル化することが難しかったが、日本のベンチャー企業が「匂いの見える化」に成功した。

「視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚という五感のうち、いち早くデジタル化されたのが視覚と聴覚でした。味覚や触覚についても実用化が進んでいる中、最後まで残っていたのが嗅覚です。その嗅覚をデジタル化することができれば、今までにない形で世の中の役に立つのではないかと思いました」と、株式会社アロマビットの代表取締役社長である黒木俊一郎さんは嗅覚センサーの開発に取り組んだ背景について説明する。

古くから使われているガス検知器は匂いの元となる物質を検知するもので、人間の感じ方とはまるで違う。何かの香りを嗅いで「アンモニア10%くらいだ」と感じるのがガス検知器だとすれば、人間は「つんとした匂い」というように、もっと直感的に匂いを感じる。黒木さんが目指したのは、あくまでも人間の嗅覚に近いセンサーである。

匂いの成分や物質を計測するのではなく、生物が匂いを検知する「匂い受容体」の仕組みに似た「匂い吸着膜」を開発。この膜に匂い分子がくっついたり離れたりする時の化学的な変化を捉えることで、匂いのパターンを認識する。

匂いセンサーは5種類の匂い吸着膜を搭載した2cm角の小さなチップで、このチップを搭載した匂い検出用の各種デバイスも独自に開発した。チップをセットしたデバイスに匂いの元を近づけると、ファンが回転して空気を吸い込み、匂いを検出する仕組みである。

人間には約400種類の匂い受容体があると言われているが、アロマビットでは現在35種類の匂い素子を開発しており、既に人間の嗅覚に近い感度を持つ。検知した匂いの“見せ方”にもアロマビットの独自性がある。嗅覚センサーで数値化した香りをドットの大きさで表現した「アロマコード」というラベルにしたのである。このラベルのパターンが似ていれば同じような匂いだと視覚的に分かるので、実際の匂いを嗅ぐことができないインターネット上でも好きな香りの商品が選べる。既にワイン、チーズ、日本酒、コーヒーなどのメーカーが「アロマコード」を導入し始めている。

食品、飲料などの嗜好品以外では、工業用オイルの匂い検知など工場での導入も検討されていると言う。例えば、嗅覚センサーにより日頃から匂いデータを記録しておき、「いつもと違う」という匂いを感じたらアラートを出すようなシステムが考えられる。これならば特定のガスだけを検知する現行システムとは違って、予測していなかった事故にも対応できる。また、時間が経った牛乳独特の「酸っぱい匂い」もかなり低レベルから検知できるので、食品安全にも応用可能である。

「私たちは呼吸している中で無意識に匂いの影響を受けていますし、匂いによって異性との相性を決めているとも言われています。更に高度なセンサーができれば、植物や昆虫が生存戦略のために発する匂いを嗅ぎ取り、自然のメッセージを言語化することもできるかもしれません」と、黒木さんは匂いの可能性に期待を寄せている。