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Highlighting JAPAN

ICTで生物多様性を守る

ICTを活用し、森で録音した音声データから野鳥の鳴き声を抽出するプログラムが、絶滅危惧種の生物の保護や増殖に役立っているだけではなく、多様な生物の保全につながる可能性も持っている。

北海道に生息するシマフクロウは、翼を広げると180センチメートルにも達する世界最大級のフクロウである。しかし、近年は森林の伐採や餌となる魚の減少で生息数が少なくなり、環境省のレッドリストでは絶滅の恐れが極めて高い絶滅危惧IA類に指定されている。そのような希少な鳥の生息調査のため新たに開発されたのが、録音した音声データからシマフクロウの鳴き声を高精度で抽出するプログラムである。この研究開発に携わってきたのが、富士通九州ネットワークテクノロジーズ株式会社である。

 同社を含む富士通グループは、日本での生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)開催を翌年に控えた2009年、ICTを活用して生物多様性保全に貢献するため「富士通グループ生物多様性行動指針」をまとめ、それに沿って様々な活動に取り組んでいる。

「富士通グループは活動の一つとして、公益財団法人日本野鳥の会による鳥類の保護活動への支援を行っていました。この活動に取り組んでいた社員が、携帯やスマホの音声処理技術を担当していた私の所に相談を持ちかけてきたのがプログラム開発のきっかけでした」とプロフェッショナルエンジニアの斎藤睦巳さんは言う。

 かつて日本野鳥の会では、シマフクロウの調査をする際、調査員が実際に夜の森に入り、自分たちの耳で鳴き声を確認していた。この方法は多大な労力が必要なだけでなく、ヒグマと遭遇する危険性もあったため、10年ほど前からは生息域の随所にICレコーダーをセットし、録音した音声を確認するという方法をとってきた。この方法によって夜の森を歩き回る危険はなくなったものの、録音音声を再生しながらの確認作業は非常に時間がかかる上、誤検出も多かった。斎藤さんが要請されたのは、この作業を自動化するプログラムの開発である。

「最初は音楽編集用のソフトを利用してシマフクロウの鳴き声を確認していましたが、とても手間がかかりました。そこで録音した音声データを独自のソフトウエアで声紋として画像化し、幾つもの候補の中からAI(人工知能)を使ってシマフクロウの鳴き声だけを正しく検出できるようにしたのです」と斎藤さんは成功のカギを語る。

 この時AIにシマフクロウの声を学習させるには膨大なサンプルが必要だったため、釧路市動物園の協力の下、飼育個体の鳴き声を5000例ほど録音し、それを学習データとして活用した。こうして開発されたプログラムでは、今まで調査員が1時間かかっていた確認作業をわずか数分でできるようになっただけでなく、ICレコーダーから1キロメートル以上離れたかすかな鳴き声さえ検出できるほど精度も高くなった。

 2014年、日本野鳥の会ではこのプログラムを使い、北海道にある製紙会社の木材生産用の施行林において半年以上にわたる広範囲の生息調査を実施した。その結果、シマフクロウの利用頻度が高いエリアが判明し、その周辺では繁殖期の作業や大規模伐採を行わないようにして、より良い生息環境の保全につなげている。

「今後より多くの音声データが集まれば、個体識別や鳴き声の位置の特定など、更に高度な解析も可能になってくるでしょう。また、録音技術を工夫すれば鳥類だけでなく、海洋動物なども含めた多様な生物の調査にも使えます。将来的には、環境アセスメントを始め、様々な分野での利用も大いに期待されています」と斎藤さんは語っている。