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  • 正面から見た国会議事堂
  • 中央広間の床のモザイク
  • 沖縄産の「琉球石」(珊瑚石灰岩)などの石が壁や柱に使われている中央広間
  • 国会議事堂の中央玄関

October 2021

日本の近代化が産んだ石の建築

正面から見た国会議事堂

1936年に竣工した東京にある国会議事堂は、日本が近代化を進める中、国内の様々な石を豊富に使って造られた建築である。

中央広間の床のモザイク

1868年、徳川幕府が滅び、新たに成立した明治政府は、欧米諸国の社会制度や技術を取り入れ、日本の近代化を進めた。1890年に最初の国会を開くことが1881年に発表されると、政府は国会議事堂(以下、議事堂)の建設計画を進めた。当時はまだ、大型の西洋風建築を設計できる人材が日本に不足していたため、設計を著名なドイツ人建築家のヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンに依頼した。彼らは1887年、躯体はレンガ造で、外壁に自然石を用いた、ネオ・バロック様式*の議事堂の設計案を作成したが、工期や予算の制約のため実現には至らなかった。しかし、その後、日本では、西洋建築を学んだ日本人建築家の設計によって、旧横浜正金銀行本店(現在の神奈川県立歴史博物館、1904年竣工)、東宮御所(現在の迎賓館赤坂離宮、1909年竣工)、東京駅(1914年竣工)などレンガと石を用いた西洋風建築が次々と建てられていくこととなった。

「19世紀後半、ヨーロッパでは格式を持たせるために、外観の目立つところに石材を用いるレンガ造り建物が増えました。特に、壁の全面に石が使われた建物は最も格式が高いとされました」と昭和女子大学近代文化研究所客員研究員の堀内正昭さんは話す。「エンデとベックマンの設計案は実現しませんでしたが、現在の国会議事堂の出発点になりました」

沖縄産の「琉球石」(珊瑚石灰岩)などの石が壁や柱に使われている中央広間

議事堂の建設は様々な議論を経て、1920年に着工した。政府は、議事堂には可能な限り国産の建材を使用するという方針を定めたことから、石材についても、着工前に全国で調査を行い、堅牢さ、加工性、美しさなどの観点から使用するものを選んだ。

そして1936年、地上3階地下1階、中央部には高塔が立ち、両翼の建物に二院の議会を配した構造の議事堂がついに完成した。基本構造は、当時の先端技術である鉄骨鉄筋コンクリート、そして、内壁、外壁、床、階段などあらゆる所に様々な自然石がふんだんに用いられている。

「議事堂の設計を担当した技官の一人は、国会議事堂の外見は『荘重(そうちょう)にして穏健』であることが重要と述べています。議事堂は、正しくこの言葉の通り、ネオ・バロック様式建築の持つ荘重さと、装飾的な要素を抑えた20世紀のモダニズム建築に通じる穏健さを兼ね備えた建築であると思います」と堀内さんは言う。「日本が近代化する中で、石を活かした建築の技術や文化が発展しました。議事堂は、その一つの成果であると思います」

国会議事堂の中央玄関

議事堂の外壁は花こう岩(みかげ石)**を用いており、1階部分に使われているのは、やや灰色がかった山口県黒髪(くろかみ)島産の「徳山(とくやま)石」、2階以上の部分に使われているのは薄いピンク色をした広島県倉橋島産の「尾立(おだち)石」(別名、「議院石」)である。

内装には、30種類以上の大理石が使われている。特に精緻なのが、中央広間と天皇陛下の御休所(ごきゅうしょ)前広間の両方の床のモザイクだ。細かく割られた、10種類以上の色の異なる大理石を、160万個(中央広間100万個、御休所前60万個)を組み合わせて、唐草模様を描き出している。また、中央広間の壁や柱には沖縄産の「琉球石」(珊瑚石灰岩)が使われており、巻貝などの生物の化石を見つけることができる。

「外壁で使われている一つ一つの石を見ると、同じ産地の石でも、色が少しずつ違うのです。それが、現在のレンガやコンクリートのように、均一的な工業製品では生み出すことのできない微妙な味わいを醸し出しています」と堀内さんは語る。「昨年(2020年)、議事堂を訪れた時に、雨が降っていたのですが、雨に濡れた議事堂の石は、いつもとは違った艶(つや)やかな『表情』を見せていました。自然石を使っているからこそ、天候などによる変化があり、それも魅力と言えるでしょう」

国産の石の特徴が最大限に活かされた日本の代表的建築として、議事堂の魅力は今も失われていない。

* ネオ・バロック様式建築は、19世紀後半にヨーロッパで広がり、石材を使った華やかな装飾が特徴である。
** 花こう岩は、石英、カリ長石などの鉱物を主成分とする粗粒な火成岩