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  • 大谷資料館にある、かつての大谷石の採掘場
  • 加工しやすく、微細な穴が空いている大谷石のブロック
  • 千手観音像(大谷寺の岩壁に彫刻された10体の石像の一つ)
  • 大谷石で制作されたランプシェード
  • 大谷石の品質を物語るフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル本館(現在、明治村に移設されている)

October 2021

時代を経て愛される大谷石

大谷資料館にある、かつての大谷石の採掘場

栃木県宇都宮市は、建材として人気の高い“大谷石(おおやいし)”の産地である。ここでは石を採り、様々な方法で利用する文化が長年にわたり受け継がれており、2018年には「地下迷宮の秘密を探る旅〜大谷石文化が息づくまち宇都宮〜」が日本遺産として認定された。

加工しやすく、微細な穴が空いている大谷石のブロック

“大谷石”は、栃木県宇都宮市大谷町(おおやまち)のみで見られる白っぽくザラザラとした凝灰岩(ぎょうかいがん)である。やわらかく加工しやすく、宇都宮市周辺には現在も大谷石を使った蔵や石塀などの建造物が多く残っている。

約1500万年前に起こった海底火山の噴火によって、この凝灰岩の地層ができたとされる。6〜7世紀にかけて、この地域で造られた古墳群の石室にも凝灰岩が使われた。

江戸時代(1603-1867年)には、採掘から流通までを一手に担う業者が登場し、大谷石は、神社の石垣から民家の塀などに使われるようになった。このように宇都宮のまちづくりに大谷石が使われて、町の景観を特徴づけるようになった。明治時代(1868-1912年)以降、大谷石の採掘産業は一層盛んとなり、鉄道等の輸送手段の発達などに伴って東京や横浜方面へも大量に出荷され、近代化する日本の都市づくりに役立てられた。

「1923年、東京の日比谷に旧帝国ホテルの本館(ライト館)が竣工しました。アメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトによる設計で、鉄筋コンクリート造りに大谷石を組み合わせた独特な建築でした。ライトは、花崗岩や大理石を選ばず、軟質で加工が容易な日本産の大谷石を、装飾に巧みに取り入れたようです。ところが、開館式が行われた9月1日に推定マグニチュード7.9の関東大震災が発生。その際、地震による大きな被害を受けなかったことから、大谷石を使ったこの建物の耐震性の優秀さが一躍有名になりました」と宇都宮市大谷石文化推進協議会の清地良太(せいじ りょうた)さんは言う。

大谷石の品質を物語るフランク・ロイド・ライト設計の旧帝国ホテル本館(現在、明治村に移設されている)

ライト館の中央玄関部分はその後、愛知県犬山市の博物館明治村に移設され、柔らかい色調で温かみのある大谷石の素材感を生かした幾何学模様の彫刻、吹き抜けの柱や壁などが、そのまま保存されている。

栃木県宇都宮市の大谷町周辺には、大谷石に触れることができる名所もある。たとえば大谷寺の本尊千手観音だ。大谷観音として知られる高さ4メートルの像は、810年に真言宗の開祖である空海により作られたと伝えられる。堂内の岩壁に直接彫刻された磨崖仏が10体あり、千手観音を含め、全てが国の特別史跡かつ重要文化財となっている。

千手観音像(大谷寺の岩壁に彫刻された10体の石像の一つ)

宇都宮市大谷石文化推進協議会の福田朋美さんによると、古くからの蔵や石壁に加え新しい大谷石の用途があるという。

「最近は、パネル状に薄く加工した大谷石が内装材として人気です。大谷石は、無数の小さな穴が空いている構造をしていることから、調湿作用があり、例えば壁材として使用すると、室内の湿度を快適に保ってくれる効果があります」

また、博物館と巨大な採掘場跡が組み合わされた大谷資料館は、大谷石について、もっと学ぶには最適の場所である。迷路のような採掘場跡は、コンサートや展覧会の会場としても使われている。

大谷石で制作されたランプシェード

「2018年には、『地下迷宮の秘密を探る旅〜大谷石文化が息づくまち宇都宮〜』として、宇都宮の大谷石文化が、文化庁から日本遺産に認定されました。この土地の誇りである大谷石を観光や産業に生かし、まちの活性化につなげていければと思っています」と清地さんは語る。

時代を経て愛される石材、大谷石の特性を活かす取組は続く。