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INDEX

  • 当時を再現した台所でお茶を楽しむクリス・フィリップスさん
  • 修繕されたたくさんの古いランプの一つ
  • 自宅の前で、雁木の軒下のクリスさん
  • クリスさんがニュージーランドから遠路はるばる運んできて自分で修復した、1940年代のコールレンジで湯をわかす。
  • 感動を呼ぶ造りの応接間。立派な梁と高い吹き抜けがある。
  • 雁木のあるクリスさんの家の正面。“エコカー”が表に停めてある。

January 2022

明治時代のお屋敷で暮らす

当時を再現した台所でお茶を楽しむクリス・フィリップスさん

ニュージーランド出身のクリス・フィリップスさんは、日本有数の豪雪地である新潟県上越市(じょうえつし)で、自ら明治時代の古いお屋敷に住んで、戦前の日本の生活スタイルに忠実に暮らし、その実感をもとに伝統的な街並みの保存のための活動に取り組んでいる。

自宅の前で、雁木の軒下のクリスさん

日本海側の豪雪地には、「雁木」(がんぎ)造りの町家が並ぶ地区がある。雁木は、2階部分を1階より通りにせり出す、あるいは1階の庇(ひさし)を、大人二人ほど通れる幅ほどに伸ばした建造物のこと。雁木を隣家から隣家へ連ねることで、狭いアーケードのように、積雪期、人が容易に往来できる通り道となる。

新潟県上越市高田地区(以下「高田」)には、延長ほぼ13キロメートルの、日本でもっとも長い雁木通りがある。高田の雁木の街並みは300年以上の歴史があり、今も築100年以上の町家(まちや)が現存する。しかし、近年、1軒また1軒と、古い町家が姿を消しつつある。そんな状況に、2016年、街並みの保存のために3人の地元有志らが立ち上がり、一般社団法人「雁木のまち再生」を設立した。発起人の一人であり理事に名を連ねるのが、クリス・フィリップスさんだ。「雁木のまち再生」は、古い町家を買い上げては新しい活用方法を見つけるとともに、空き家になった町家と居住希望者を橋渡しする活動をサポートしてきている。

修繕されたたくさんの古いランプの一つ

クリスさんは、東京の活気に惹かれ、1985年に初めて来日した。東京を拠点に翻訳の仕事をしながら、サイクリングを趣味に持つフィリップスさんは、毎年の夏、東京から新潟を回ってツーリングを楽しんでいた。その過程でフィリップスさんは上越市の高田に出会った。

「自転車で新潟を回っていると、東京では見られないような、沢山の古い家や通りに行き当たります。それをきっかけに雪国の映画を観るようになったのです。高田は、1953年の映画『縮図』の舞台ですし、また別の雪国の街である湯沢は、川端康成の小説をもとにした1957年の映画『雪国』の舞台です。私はこれらの映画の中の様子にとても感動し、ここに登場するような家にいつか住もうと心に誓いました」とフィリップスさんは言う。まだ東京に住んでいたが、クリスさんは一般社団法人「雁木のまち再生」の発起人となり、役員を引き受けることになった。

クリスさんがニュージーランドから遠路はるばる運んできて自分で修復した、1940年代のコールレンジで湯をわかす。

2016年、何度か高田に足を運ぶうちに、前々から高田への移住を考えていたクリスさんは、今のお屋敷の前のオーナーと巡り会い、結果的にお屋敷を譲り受けることになった。 そうして2017年に移住したクリスさんの住居となったそのお屋敷は、明治時代に米問屋として建てられたもの。昭和初期(1926-1989年)からは軍の病院として、後に医院として使われ、2000年代以降、空き家となっていた。

「この家は150年の風雪に耐えてきた。適切に管理すればこの先もまだ100年以上使えるでしょう」とクリスさんは語る。「唯一の問題は時々メンテナンスが終わらないとう悪夢が続くことです。毎週、新しい何かを直しています」

感動を呼ぶ造りの応接間。立派な梁と高い吹き抜けがある。

この家は、道路に面して雁木があり、とても大きく、沢山の部屋がある。中に入るとすぐに高い天井と立派な梁(はり)が目に飛び込んでくる。特に台所は映画のセットのようで、近代的なものは何一つなく、当時の面影を忠実に再現している。部屋の中央に置かれたコールレンジには、銅製のやかんがお湯を沸かしながら乗っかっている。夜になればクリスさんはランプに灯りを灯して、読書にふける。ランプの柔らかい光は、リラックス出来る空間を作り出す。そして、この家の特筆すべき点は独特な浴室と、まちやの解体現場からクリスさんが救出した木製のお風呂だ。このお風呂はほのかな木の香りがして、お湯が冷めにくい。厳密にエコロジカルな生活を送っているクリスさんは、自動車を持たず、自作のたくさんのランドナーの自転車のうちの一つをもっぱら愛用している。そんな生活をしながら、クリスさんは、雪深いこの地域に残る昔ながらのすばらしい生活スタイルの良さを、もっと多くの人々に分かって貰えたら、と思ってきた。

雁木のあるクリスさんの家の正面。“エコカー”が表に停めてある。

「日本の伝統的な暮らしぶりは、もともとエコロジカルなもので、不便かもしれませんが、とてもおしゃれで芸術的なのです。この暮らし方は、西洋風の住宅地や安っぽさの対極にあるものです。こうした暮らし方をすると、自分の暮らしそのものが美術作品と感じられるようになるのです」

「“本物の日本”は、このような場所にこそあります。古く立派な建物を見たければぜひ高田に訪れてほしい」と語るクリスさんは、別件として築80年ほどのお屋敷をサイクリストたちの宿として提供する計画も立てている。その町屋は、修繕中だが、クリスさんは日本の田舎を走ってきたあとに、古い町家の魅力を存分に感じられる宿をつくりあげようとしている。