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May 2022

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復活した朱塗りの漆器「根来」

  • 根来塗の碗
  • 工房で朱塗りを行う池ノ上さん
  • 根来塗師の池ノ上辰山さん
  • お椀を使い込むことで、黒漆が現れ、新しい模様を見せる。
  • 池ノ上さんが開く市民講座
根来塗の碗

「根来塗(ねごろぬり)」と呼ばれる朱塗りの漆器は、中世にさかのぼる長い歴史を持っていたが、生産が途絶え、近年、復活を遂げた。使うほどに魅力が増すと言われる根来塗の特徴は、複雑で多大な労力をかける工程から生まれる。

根来塗師の池ノ上辰山さん

根来塗(別名「根来」)は、日本の本州の中央からやや西寄り、紀伊半島に位置する和歌山県岩出市で中世から作られてきた漆器で、堅牢かつ良質なことから、日常の生活用具として用いられていた。この漆器の魅力は、さらに二つある。一つは、使うほどにつやが増してくること。もう一つは、長年の使用で表面の朱塗りが擦れると、下地の黒漆が模様のように現れてきて、かえって味わい深い色調になってくる点にある。

根来塗は、鎌倉時代から室町時代(12世紀後半から16世紀後半)にかけて、主に社寺や上流階級の什器や生活用具-一例としては、ご飯や汁用の器―として、一乗山大伝法院根来寺 (いちじょうざん だいでんぽういん ねごろじ)(和歌山県岩出市根来)の工房で専門の漆器職人により作られてきたと言われている。その製作工程は複雑で26にも及ぶ。木地に漆の下塗りを繰り返し、器の角や縁などの欠けやすい部分に麻布を貼り、さらに漆を塗り重ね、柔らかい木製のヘラで均一な形を整える。それに錆付け*や研ぎなどの工程を経て、下地を作り上げる。それから黒漆を下塗り、その表面が乾いたら研ぎと塗を繰り返し、最後に朱色の漆を上塗りして根来塗は完成する。一般的な漆器の工程では1か月位で済むところ、3か月以上の作業をかける。その結果、下地の漆の層は、一般的なものと比べて2倍から3倍の厚さになるという。

お椀を使い込むことで、黒漆が現れ、新しい模様を見せる。

根来塗の器としての顕著な特徴「耐久性」は、この複雑かつ膨大な労力を要する工程にある。一般的に、沸騰させた直後の熱湯を注ぐと漆器がダメージを受け破損の原因になるが、根来塗は沸騰したお湯を注いでも、あるいは落としても、食器洗い乾燥機で洗っても壊れない。

「内戦が続いた激動の時代に誕生した根来塗には、使いやすく、持ち運びやすく、壊れないことが求められました。そのため根来塗は、独自の技法で作られ、一般の漆器にはない強靭さがあります」と池ノ上辰山(いけのうえ しんざん)さんは言う。池ノ上さんは根来塗研究の第一人者である故・河田貞(かわだ さだむ)氏に師事して、400年以上生産が途絶えていた中世における本来の根来塗の技法を、2000年に発祥地の根来寺で復活させた根来塗の塗師である。

工房で朱塗りを行う池ノ上さん

朱塗りの色付けに使う顔料には、天然の鉱物である辰砂(しんしゃ)が使われている。辰砂は中世には金と価値が同格と言われた貴重なもので、根来塗が主に上流社会のために作られてきたことが分かる。辰砂が醸す鮮やかな紅(くれない)色が世を経て人々を魅了してきた。

池ノ上さんが開く市民講座

「根来塗は、堅牢さに加え、使いやすく、飽きのこないシンプルな造形美を有します。新品の鮮やかな朱一色の美しさもよいですが、使い込むほどにつやが出てきて、傷や朽ちていく様さえも、模様のように見えて美しい。長年の使用によって表面が剥げてきても、一般の漆器のように塗り直す必要もなく、使い込んできた時間の積み重ねがそのまま美を創作するとも言えます」と池ノ上さんは言う。

池ノ上さんは、2019年12月に文化庁長官表彰を受賞した。池ノ上さんは、中世のままに復活した技法を伝承すべく、プロ向けの講座や、皿、椀や箸を作る市民講座を開き、人材育成にも目を向けている。

* 水を含んだ砥の粉と生漆を混ぜ合わせて一日以上寝かせた錆。これをさらに生漆と混ぜ合わせ、木地にヘラで塗る工程のこと。